無意識のうちに人を誘導するテクニック #データのトリセツ
データを分析して、せっかく良い結果が得られても、それが相手に伝わらなければ意味がありません。分析結果をプレゼンで発表したり、グラフが入った報告書を作ったりすることはよくありますが、伝えたことをできるだけわかりやすく表現するにはさまざまな方法があります。
今回はその方法の中でも、見る人があまり意識しなくてもスムーズに理解できるように、「誘導」することを考えます。短時間で相手に伝える必要があるとき、うまく工夫するだけで、人は無意識のうちに作者の意図に沿って動いてしまうものです。
グラフの色で情報を伝える
Excelなどの表計算ソフトを使うと、簡単にグラフを描くことができます。色も自由に選べて、見栄えの良いグラフを作ろうと考えている人は多いでしょう。このとき、少し工夫をするだけでわかりやすいグラフに変化します。
例えば、Excelで次のようなグラフを作ったとしましょう。これを見ると、3つの会社のシェアを読み取れます。何も考えずに、標準的な方法でグラフを作ると、このようなグラフになるでしょう。そして、多くの場合はまったく問題なく、読み取る側に正確に情報を伝えることもできます。
しかし、次のように色を変えるとどうでしょう? 先ほどと同じグラフですが、無意識のうちに3つの会社のことを思い描いているのではないでしょうか。場合によっては、下の凡例すら不要かもしれません。
ここで使っているのは「コーポレートカラー」です。現代では、多くの企業が自社のブランドをアピールするために、コーポレートカラーを設定しています。その色で表現することで、多くの人はその会社のことを思い浮かべてしまうのです。
色で人を誘導する
これはグラフに取り込むだけでなく、日常の様々な場面で使えます。地図の中にアイコンで表現するときなど、小さなところに少ない情報量で表現するときには役立つテクニックです。人は普段から色だけで情報を判断していることもあり、細かな文字が読みづらい場合でも、色があれば人はその内容を認識できるのです。
例えば、次の写真を見てみましょう。この写真を見て、山手線に向かうにはどちらに行けばいいでしょうか?
東京に住んでいて普段からJRを使っている人であれば、上記の写真を見ただけで右に行くことがわかると思います。ただ、この写真のどこにも「山手線」という文字はありません。それでも、色だけで判断できるのです(山手線は黄緑色)。
この写真は新宿駅に設置されている案内板です。新宿駅では山手線だけでなく、中央線や総武線、埼京線など多くの路線が乗り入れています。これだけ多くの人が乗り降りする状況では、一瞬で判断できないと駅構内が大混雑してしまいます。
このような看板を作るとき、すべてを言葉で表現しようと考えると大変です。日本語だけでなく、英語や中国語も必要で、表示するには大きな看板が必要になります。このような場合は、細かい文字でたくさん書くよりも色で表現する方が圧倒的に速く認識できるのです。
色を使った効果的な表現
色が持つ特徴を使った表現もあります。例えば、赤や黄色は注意してほしいときに使い、青は落ち着く色だと言われています。
身近な例では、高速道路の渋滞情報などがあります。簡略化した地図上で、渋滞しているところを赤色でマークしています。混雑の度合いを色の濃さで表現するだけでなく、少し混雑しているところを黄色、かなり混んでいるところを赤色、のように使い分けることもあります。
参考:Googleマップの渋滞情報
他にも、降水量を表現するとき、気温を表現するとき、など色を使って注意すべき情報を表現することは少なくありません。
注意点)全員が同じ色で認識しているとは限らない
色を使うと、上記のようなメリットがある一方で、色を指定してもその色で伝わるとは限らない、という問題があります。
例えば、ディスプレイや印刷などにおける色の問題です。ディスプレイの色は機種によってその表現力が異なるため、同じ資料を見ていても表示される色が異なることは少なくありません。
最近は少なくなりましたが、256色しか表示できないディスプレイもありますし、モノクロのディスプレイもあります。フルカラーに対応しているディスプレイであっても、その表現される色は青みがかったり、黄色が強かったり、と様々です。
このため、Webの場合は「Webセーフカラー」が定められていたこともありました。Webセーフカラーを使うと、WindowsとMacなど環境による色の違いを最低限に抑えることができたのです。
また、画面で見ている色と印刷した色は同じにはなりません。さらに、色盲の人の存在も忘れてはなりません。正しい色を識別できないだけでなく、コントラストが低い場合は、その境界を認識することすらできない場合があります。
色だけでなく「顔」を使う
インターネットを見ていると、色以外にも人を自然に誘導している手法を見かけることがあります。代表的なものが「バナー広告」です。インターネット上の広告のことで、ブログなどの途中や末尾に魅力的な言葉や画像が使われています。その広告主のWebサイトにリンクされており、クリックすることを誘導しています。
ただ、そのクリック率はそれほど高くありません。多くの人は広告だとわかっていますので、あえてクリックしない人も多いでしょう。しかし、無意識のうちに広告に視線がいってしまうのも事実です。
その背景には、広告主の誘導があります。例えば、人間は「人の顔が入っていると、そちらを見てしまう」という特徴があると言われています。2つの画像を別々の人に表示してクリック数を調べるA/Bテストなどの手法がよく使われますが、やはり顔が入っているとクリック率が高いようです。
実際、使われている例を見てみましょう。例えば、Googleの画像検索で「カードローン」という言葉で検索してみましょう。各社のバナー広告が表示されますが、どれを見ても顔写真が入っていることがわかります。
このように、無意識のうちに私たちは色や画像によって誘導されているのです。逆に、私たちが資料を作るときにも、このような手法を活用するのは有効な方法だと言えるでしょう。
実際、この連載ではヘッダ画像をイラストで描いていただいていますが、いずれの画像にも顔が含まれています。
(私が指定したわけではありませんが、おそらく、イラストを描いていただくときにも、これを意識していただいているのだと思います)
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(著者プロフィール)
WRITING:増井 敏克(マスイ トシカツ)
増井技術士事務所 代表。技術士(情報工学部門)、テクニカルエンジニア(ネットワーク、情報セキュリティ)、その他情報処理技術者試験に多数合格。また、ビジネス数学検定1級に合格し、公益財団法人日本数学検定協会認定トレーナーとしても活動。「ビジネス」×「数学」×「IT」を組み合わせ、コンピュータを「正しく」「効率よく」使うためのスキルアップ支援を行っている。 著書に『エンジニアが生き残るためのテクノロジーの授業』『おうちで学べるセキュリティのきほん』『プログラマ脳を鍛える数学パズル』『もっとプログラマ脳を鍛える数学パズル』『図解まるわかり セキュリティのしくみ』(翔泳社)、『プログラミング言語図鑑』『シゴトに役立つデータ分析・統計のトリセツ』(ソシム)がある。
イラスト:湊川あい
絵を描くWebデザイナー。高等学校教諭免許状 “情報科” 取得済。マンガと図解の力で、物事をわかりやすく伝えることが好き。2014年より「マンガでわかるWebデザイン」をインターネット上に公開していたところ、出版社より声がかかる。
著書「わかばちゃんと学ぶ Webサイト制作の基本」「わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門」「わかばちゃんと学ぶ Googleアナリティクス〈アクセス解析・Webマーケティング入門〉」
Twitter: @llminatoll Webサイト: マンガでわかるWebデザイン
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