リアル店舗の最先端DX事例から探る──ポスタス、TRIALのAIカメラ・スマートショッピングカート・店舗省人化の裏側とは?
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■登壇者プロフィール
株式会社Retail AI Engineering
代表取締役社長 古賀 輝幸氏
株式会社ティー・アール・イーに入社後、東京・名古屋での勤務を経て、福岡本社に戻り小売に関わるシステム構築に長年携わる。現在は株式会社Retail AI Engineering 代表としてレジカートなどで店舗をスマート化するリテールAIのビジネスに取り組む。
ポスタス株式会社
代表取締役社長 本田 興一氏
1973年東京都出身、早稲田大学大学院商学研究科卒。外資系ERPベンダーでのコンサルティング業務を経て、2003年に株式会社インテリジェンス(現社名:パーソルキャリア株式会社)へ入社。同社およびグループ会社にて企画・営業・開発などの責任者を歴任した後、クラウド型モバイルPOSレジ「POS+(ポスタス)」のサービス立ち上げを行う。2013年5月よりPOS+のサービス提供を開始。2019年12月にポスタス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。
「ITの力で流通業界をイノベーションする」をスローガンに
まずは、Retail AI Engineeringの古賀輝幸氏が登壇し、トライアルカンパニーのサービスやDX事例を紹介した。TRIALは昨今では当たり前のITの導入を、1980年代から着手。「ITの力で流通を変える」とのスローガンを掲げ、自社で各種ITツールやシステムの開発を進めてきた。
その後、流通業界でITが注目されるようになると、開発は一気に加速。2018年にはIT部門をRetail AI(RAI)として分社化するなどして、同分野にさらに注力。自社の店舗以外、他の流通事業者にもITシステムなどを提供。海外への展開も視野に入れている。
ITの積極導入などの経営手腕もあり、小売事業は好調。現在では全国各地に263店舗(2021年4月現在)を展開、売上高4834億円 (2020年3月期)にまで成長している。
古賀氏が同社に入社したのは、先のビジョンに感銘したからだ。小学校3年生のときにパソコンを手にした古賀氏は、以来、プログラミングに没頭。将来はエンジニアとの夢を抱き、アルバイトプログラマーとしてTRIALに入社、そのまま正社員となる。
現在ではRAIのうちの1社、Retail AI Engineeringのトップとして、スローガンの実現を目指している根っからのエンジニアであり、流通のプロでもある。古賀氏は仕事に対する想いを次のように語った。
「流通業界は他の業界と比べるとシステムのレガシー度がひどく、約8割もの企業が老朽化したシステムを使っている現状があります。加えて、需要予測や発注といった業務ではいまだにKKD。これまでの勘(K)や経験(K)、担当者の度胸(D)により行われている属人的な風潮があります。
しかし他の業界を見渡せば、IoT機器の導入やデータ活用といった第四次産業革命が当たり前に進んでいます。この流れを流通業界にも持込み、業界を改革したいと考えています」
【スマートショッピングカート】セルフレジの約4分の1の時間で決済が済む
スマートショッピングカートとは、従来のショッピングカートにタブレット、スキャナが付属されているショッピングカートであり、これらのIoT機器により、決済時間の短縮や、より良いレコメンデーションを体験することができる。
利用者はショッピングカートを手に取ったら、会員カードをスキャニングしログインする。その後は欲しい商品をカートに入れる前に、商品のタグに印字されているバーコードをスキャン。仮決済は済んでいるため、いわゆる最後の会計はなし。決済ゲートを通過するだけで、自動でレシートがプリントアウトされる。
そのためセルフレジでは125秒、有人レジは75秒要していたレジ待ち時間が、スマートショッピングカートでは32秒と、約4分の1に短縮される。
TRIALでは、スマートショッピングカートを2018年2月14日から導入。来店頻度が13.8%アップするなどの効果もあり、随時、拡大。現在では35店舗、約3400台が稼働しており、「昼〜夕方にかけての時間帯では利用率が約6割、70代や80代の高齢者も利用している。なお来店頻度が高まる理由について、古賀氏は次のように説明した。
「あくまで予測ですが、これまでは短時間で買い物をされたいお客様のニーズに応えきれていない状況がありました。レジ待ちがストレスになっていたわけです。その結果、手軽に決済が行える店舗に行かれていた。そうしたお客様が、レジ待ちがないならと来店してくれたことが考えられます。
似た理由ですが、時間の関係からスーパーに寄りたくても寄れなかったお客様が、レジ待ち時間がないなら寄ろう。そのような行動に変化したと分析しています」(古賀氏)
【リテールAIカメラ】需要予測をAIに変えたことで売上アップ
TRIALの店舗では、以下の写真のようなAIカメラが店内の至るところに設置されていて、商品の需要予測ならびに、客(個人を特定しない)の動向をモニタリングしている。
たとえばバナナ。スーパーでは売れ筋商品とのことだが需要予測が難しく、これまでは先述したように経験豊富な担当者が、KKD(勘・経験・度胸)で行っていた。
そのため経験が豊富ではない担当者の店舗では、需要と供給がマッチせず、売上機会ロスの原因になっていた。そこをAIによる需要予測に置き換えたことで機会ロスが減り売上がアップした。
商品の陳列やポップなどのプロモーションでも、AIカメラは貢献している。売り場を変更すると売上がアップするケースもあれば、逆に、下がるケースもあるからだ。レイアウトにおけるノウハウにおいても先と同じく、熟練担当者のKKD頼りだったのである。そこをAIカメラが売れるレイアウトをデータとして定量化し活用を進めている
撮影データのプライベート保護についても言及。静止画は人が写り込んだ時点で廃棄する設定に。動画データはAIカメラ内でモザイク処理が施されているため、TRIALのスタッフでも個人が特定できないよう配慮されている。
【デジタルサイネージ】デジタルサイネージを置くことで売上が120%アップ
客の多くはスーパーに行ってから購入する品を決めるそうで、割合は8割にもおよぶ。つまり売場づくりの状態や、お客様に与えられる情報により客が購買する確率は高まるのである。TRIALではこのような背景から、スマートショッピングカートのモニターに、客が購入した商品と関連する商品をレコメンデーションしている。カットサラダを購入した客にドレッシング、といった具合だ。
個別のレコメンデーションだけでなく、店内の至るところに設置されたデジタルサイネージにより、おすすめ商品をPRする施策も実施。画像だけでなく館内放送と連動することで客の購買欲を喚起していく。実際、デジタルサイネージ未設置の店舗と比べると売上が向上する。
リテールAIでDXを加速させ三方良しの業界を実現したい
同社が自社開発したITツールやシステムを同業他社に提供しているのは、今後、流通業界が厳しい状況に置かれているからに他ならない。古賀氏によれば、2030年には人口減少により来店される客数が10%減少し、それに応じて店舗の売上も減少が見込まれるという。
だが、そのような状況下でも、効率よく業務を進めることで、業界全体として生き残っていこうとの強い想いが伝わってくる。
業界全体のことを考えているからだろう。仕入れ先のメーカーや消費者にまで配慮が広がっており、古賀氏はTRIALの目指す先を次のように述べ、セッションを締めた。
「AIカメラやPOSなどから得たデータをメーカーさんと共有することで、需要予測はもちろん、新たな商品開発に活かしてもらいたい。逆に新商品の情報は、我々小売に共有してもらいたいと考えています。
そして、これらの情報をデジタルサイネージをはじめ、現在開発中のスマホアプリなどを通じてお客様に届けることで、今以上に便利に、楽しくお買い物ができる社会を目指しています。DXを加速させることで、お客様、メーカー、我々の三方良しの関係になる。そのような社会ならびに業界の構築を目指しています」(古賀氏)
ビールの注文が一杯増えるだけで営業利益は3倍になる
続いてはポスタス本田興一氏が登壇。本田氏が代表取締役社長を務めるポスタスでは、クラウド型モバイルPOSレジ「POS+(ポスタス)」を手がけている。
POS+は、小売・飲食・美容業界に特化したPOSシステムであり、決済時の情報を管理するだけの従来のPOSとは異なり、得たデータを利活用することで、売上の拡大や業務効率化といった、各種経営課題の改善まで実現するシステムだ。
具体的には、会計、在庫、シフト、販促、決済といった領域をカバーし、複数のソリューションを提供。他国の通貨や12カ国語への対応、複数消費税などの便利な機能が評価され、2013年5月のサービス提供以降、着実に導入が拡大している。 「セルフレジや発券機を導入することで、これまでは4名の人材が必要であった現場の人員を1人に削減することができます。人件費やコスト削減に繋げることができます」(本田氏)
飲食業界の営業利益は3~5%ほどだが、個々の客にもう一杯ビールを注文してもらう接客を従業員に伝えて実現できれば、営業利益は3倍の15%にも飛躍するとも説明した。
そのほか、無人(セルフ)レジのセキュリティ対策でカメラを設置。カメラとデジタルサイネージを連動させることで、トラブルが発生した際にはアラートを発することも可能だという。
同社ではこのようなPOSを超えるさまざまな経営施策を、業界はもちろん、店舗ごとに見合った機器やシステムを店舗サイドと一緒になって考えながら、ベストなサービスを提供している。
ステイホームは2週間が限度。店舗に人が動き出す
本田氏はコロナ禍の飲食業界における状況についても、自社のPOSから得たデータによるリアルな動向を紹介した。
「これまで二度、緊急事態宣言が発令されていますが、どちらにおいても発令から2週間ほど経つと、人は店舗に足を運ぶなど動き出す傾向が見られました。つまり、ステイホームは2週間が限界だということです」(本田氏)
飲食店におけるランチタイムの売上は、コロナ禍の影響をそれほど受けてはいないが、ディナータイムの落ち込みが激しい。一方、一人で食事ができるカレー店、ハンバーガー店といった店舗は回復スピードが早い。デリバリーの需要が伸びている動向も見えてきた。
OMO(Online Merges with Offline)が加速し、レジはなくなる
パーソルは人材サービスグループである。なぜ人材系企業がPOS事業に取り組んでいるのか。
「人手不足や低賃金など、パーソルの事業と大いに関係があるからです。パーソル総研の調べによれば、2030年の外食や小売業においては、およそ460万人も労働者が足りないと予測されています。外国人や女性の雇用を促進する施策は当然必要ですが、生産性を高めることが重要で、同施策こそ当社のミッションであると捉えています」(本田氏)
労働者の平均年収が418万円なのに対し、外食産業に従事する人は355万円。月収にすると5万円もの差がある。この差分においても、同社のシステムやデータを活用することで、生産性や集客を向上。その結果として、賃金に反映されることを目指しているのだ。
「こうした考えで事業を進めていますから、我々は自分たちを単にPOSを販売する企業とは思っていません。店舗の経営状況ならびに、はたらく人たちが充実している。まさにパーソルグループのスローガンである『はたらいて、笑おう』を、サービス業界でも実現しようとしています」(本田氏)
本田氏は未来の店舗についても言及した。昨今のトレンドでもある「OMO(Online Merges with Offline)」やキャッシュレス決済が加速し、店舗のレジはなくなり、カメラなどのセンサーだけが設置。注文や決済などはお客様自身のスマホで完結し、スマホで注文した商品を実店舗に自ら取りにいく。そのような社会の実現はもう近い。
一方で、データをいかに活用するかの意思決定は各企業や店舗が行う必要があることから、同ドメインでは、各企業や担当者の意識改革が必要だと説明。次のように話し、セッションを締めた。
「飲食店をはじめとするサービス業界は、最先端のテクノロジーを活かす領域がまだまだあります。一方で、世界から称賛される“おもてなし”文化もある。改善の余地がある、ワクワクして働ける業界だと思っています」(本田氏)
【パネルディスカッション①】いま注力しているテーマは?
古賀:最も注目しているのはショッピングカートです。他社への提供も好評ですし、コロナ禍のトレンドのひとつである「非対面」による決済が可能だからです。我々はたまたま2018年から着手していましたが、今まさに求められているテーマなので、より磨きをかけていきたいと考えています。
もうひとつは、販促です。我々小売業の役割は、商品(メーカー)とお客様の間に立ち、お客様に必要な商品を的確に紹介していくことであり、店舗はマッチングポイントとも言えます。この役割を果たすには、お客様の食生活や地域性などを深く知ることが必要だと考えています。
本田:非対面、省人化が大きなテーマで、実際にオペレーション、決済というシーンで進めてきました。我々もTRIALさんと同じく、たまたまコロナ禍の状況を受け、副次的に同サービスの需要が増加。お客様、スタッフ両者の安全・安心を意識した取り組みを引き続き行っていきます。
CRMとOMOも意識しています。リアル店舗とオンラインをどうつなげるのか。中長期的にはITは人の代わりになり得るかといった、まさにパーソルらしいはたらくことについても、よりフォーカスしていきたいと考えています。
【パネルディスカッション②】テクノロジー活用で難易度が高いのは?
本田:個別性の高いお客様が多いこともあり、販促が難しいと感じています。CRM、客単価のアップどちらにおいても、です。古賀さんが先ほど紹介されたデジタルサイネージによる売上120%アップは、素直にすごいと感じました。
古賀:サイネージを出したことで、お客様が購入する理由と言いますか、動機づけのフックとなり、喜んでお買い上げいただく。そこまでのレベルに持っていきたいと考えています。
ただ実際には簡単ではありません。スマートショッピングカートのレコメンデーションが、充分なものでなければ、お客様にとって望ましいレコメンデーションになっていないケースもあるからです。
本田:古賀さんが話されたKKDのトピックに共感しました。というのも私たちはKKDの高い、優秀な店長に話を聞き、より良い施策や業務改善の視点やヒントを教えていただく。その知見をベースに、POS+のサービスを開発しているからです。現場の優秀な方々のKKDを、デジタル化しているとも言えるでしょう。
【パネルディスカッション③】店舗のDXが進んだ先の未来とは
古賀:先ほど紹介したデータ解析により、品揃えや陳列はより最適化されていくでしょう。一方で、テクノロジーが前面に出る店舗ではなく、あくまでオペレーションドリブンな現場であることを標榜しています。
先ほど本田さんが指摘していたように「OMO」も加速するでしょう。現在ではECや地域による違いにより、正直、買い手の知識による買い物格差が生まれています。格差をなくすべく、地方にいる人でも誰もが、オンオフ意識することなく便利でスムーズに、そしてお得に買い物が楽しめる世界を実現したいと考えています。
本田:今後はレジがなくなり、お客様のモバイルデバイスで取引が完結するようになるでしょう。業態により、サービスの提供スタイルが異なる、多様なサービスが生まれていくとも考えています。
【Q&A】参加者から寄せられた質問を紹介
セッション後、参加者から寄せられた質問に、古賀氏と本田氏が回答するQ&Aタイムが設けられた。その様子を紹介する。
Q:今後、スマートショッピングカートの技術開発の方向性はどうなる?
古賀:お客様との接点に重きを置き、スマートショッピングカートをご利用いただくことで、利便性のある買い物を実現することに注力しています。Amazon Goのような画像による決済も技術開発を進めていますが、扱う商品が膨大であるため、画像だけでは判別が難しいのが現状です。
たとえば柑橘系の商品ひとつを例にとっても、ネーブルとデコポンの判別は簡単ではないからです。もちろん技術開発が進み、お客様の利便性につながると判断できたら導入していこうと思います。
Q:飲食店は、売上が何%上がると判断したときにIT機器の導入を検討するのか
本田:数字にシビアなお客様が多く、原価でも売上でも1%でもより良くなるとのデータがあれば、導入を進めるケースが多いです。
Q:IT機器を導入する際の、人との共存や区別についての考え
本田:人、機械、それぞれ得意分野があると考えています。大量データを定量化するのは機械。一方、それ以外の現場仕事は基本的に機械よりも人の方が優れていると思っています。
古賀:本田さんがおっしゃるとおり、KKDが優れている人の場合は、機械よりも人がやる方が圧倒的に効率が良いです。我々が取り組んでいるのは、優秀な人材に機械がどこまで近づけるか。
ですから置き換えや対立といった捉え方ではなく、あくまで、融合。KKDが低いと感じた人はAIを活用すればいいと考えています。このあたりは開発者の中にも勘違いしてしまう場合がありますので、注意しながら進めています。
Q:接客やおもてなしも技術で代替できるものか
古賀:現時点では難しいですが、将来的には実現できると考えているし、期待しています。
本田:近づける努力はしていきますが、人が行う接客を完全に代替できるまでの技術開発は難しいと考えています。