「キット」を使ったオンライン講座でIoTエンジニアを育成──人材不足という課題に挑むXSHELLのチャレンジ

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「キット」を使ったオンライン講座でIoTエンジニアを育成──人材不足という課題に挑むXSHELLのチャレンジ

IT人材は今後の日本の産業を担う重要な役目を果たすと期待されているにもかかわらず、人材不足が続く。なかでも、モノのインターネット「IoT」に専門的に関わる人材となると現状では限りがある。人材不足こそが、IoTビジネスの本格的な離陸を阻害する最大の要因とも言われるほどだ。

こうした課題に五反田のIoTスタートアップが挑んだ。Raspberry Piなどのハードとサンプルコードを使った6カ月のオンライン講座。エンジニアはIoTシステムの開発プロセスを習得し、社内における実証実験ができるまでになるという。IoT人材育成に挑む意気込みを聞いた。

IoTエンジニアをゼロから育成する6カ月のオンライン講座

「自社のビジネスでもIoTを取り入れたいが、何をしたらよいのか」「自社のエンジニアにIoTをやらせたいけど、何から教えていいのかわからない」「トップからはIoTに力を入れろと言われたけど、周りにIoTに詳しい人がいなくて困っている」。

そんなIoTエンジニア人材不足が深刻化するなか、IoTシステム構築などを手がける東京・五反田のスタートアップ「XSHELL」は、IoTエンジニアを育成するオンライン講座をこの8月から開始している。


▲株式会社XSHELL 代表取締役 CEO 瀬戸山 七海氏

IoTに必要なスキルは、ITで求められるものといくつかはかぶるものの、本質的には異なるものだ。ソフトウェア、データ分析、ネットワークやセキュリティの知識に加え、センサー、アクチュエーターなどハードウェアの知識も総合的に持ち合わせている必要がある。しかし、こうした垣根を越えて幅広くハード・ソフト・ネットワークの知識をもつ技術者はきわめて少ないのが現状だ。

企業は、IoTにビジネスの商機を見出そうとしているが、そのためには、未経験の技術を素早く習得し、高い問題解決力を持った人材を社内で育てるか、外部市場から探し出すしかない。クラウドサービス込みでIoTソリューションを提供するベンダーは増えているが、そこにシステム構築を任せるにしても、社内担当者がベンダーの話の内容を理解できないのでは、仕様を検討することもできない。そのため、社内人材の育成は焦眉の課題だ。

こうしたIoT人材不足の現状と将来を見据えて、XSHELLが開発したのが「isaax IoTエンジニア養成キット」だ。IoTの基礎から応用までを6カ月でマスターするオンライン教育カリキュラム。毎月届く「ハード」と、オンライン上に公開される「サンプルコード」「テキスト」を使って、Raspberry Piを使ったセンシングからデータ解析まで、IoTに必要とされるスキルを一通り学習できるようになっている。


▲IoTエンジニアを6ヶ月で育成する「isaax IoTエンジニア養成キット」

期間は6カ月とそう長くはないが、数多くのサンプルコードを試すことで、IoTの構成要素「センシング」「アナライズ」「トリガー」「アクチュエーション」がシームレスに稼働するIoTシステムを構築できるようになるという。費用は毎月5万円、半年トータル30万円だ。

Raspberry Piなど各種ハードウェアとサンプルコードでエンジニアを特訓

「これまで当社は初心者向けのIoT勉強会を2018年2月から毎月2回、無料で開催してきました。その経験から、対面での講義やオンライン動画による学習の限界を感じていました。IoTを勉強しようとすると、どうしてもハードウェアがからみますが、たくさんの種類のハードウェアを使って、センシング、アナライズ、トリガー、アクションまで一貫したIoTシステムを構築できるようになる講座こそいま求められている。

世の中にはオンラインのプログラミング講座が盛んですが、IoT領域となるとまだまだ少ない。この養成キットによってエンジニアのIoTリテラシーが高まれば、企業もより本格的にIoTビジネスに乗り出すことができるようになり、ひいてはIoT市場全体の活性化につながるはず」と瀬戸山七海社長は語る。

キット内容の1カ月目は、Raspberry Pi 0WH、環境センサーボード、ケース、SDカード、電源というシンプルなもの。だが、これらのハードとサンプルコードを使って、温度・気圧・光量・磁気などの環境データをセンシングしてグラフ化するという課題に挑戦することができる。

サンプルコードやドキュメント類は受講生だけに知らされるURLで閲覧できる仕組み。サンプルコードはPythonで書かれているが、必ずしもPythonの知識は必須ではない。ただ、開発環境を使いこなすためにはLinuxの最小限の知識は必須だ。そのためドキュメントの中にはLinuxコマンドのチートシートも入っている。作業ディレクトリを移動するcdコマンドなど初歩の初歩から解説したものだ。

「IoTにチャレンジするエンジニアはメーカーの機械系の人が多いが、必ずしもソフトウェアは得意ではない。組込みエンジニアもC++は得意でも、UNIX系のコマンドはめったに使わない。そこで挫折してしまうと先に進めないので、チートシートをつけました」と、カリキュラム開発にあたったCPO杉田知至氏は言う。このあたりは、IoT勉強会で初学者400名以上を育成してきた経験が生きている。初学者の“挫折するポイント”がわかるのだ。


▲株式会社XSHELL 取締役 Chief Product Officer 杉田 知至氏

2カ月目は「IoTでセンシングデータを表示する」がテーマ。キットにはLEDマトリックスボードが加わり、LEDマトリックスの実装が試せる。以下、3カ月目は、Raspi カメラモジュールなどを使って画像解析から人の出入りを検知する。4カ月目はコントローラーボードを使って、インターネットを介したクラウドサービス制御に挑戦する。

5カ月目はIoTラジオボードを使ってセンシングデータを発話させる。最後の6カ月目は、IoTシステムの全体像を構成して課題解決してみるというテーマで、オムロン環境センサーをトリガーにしたシステム構築に挑む。

「IoTの概念実証(PoC)には最低でも50〜100万円かかると言われていますが、それと同等規模の実証作業が6カ月・30万円でできるようになることを目指しています」(杉田氏)

8月からスタートした講座の応募状況は順調で、「大手自動車メーカーを含む製造業からの問合わせが多い。一方で、IoTビジネスを手探りする中小企業からの引き合いも。目標としては今後1年で3,000キットを売り上げたい」と、営業担当のセールスマネージャー中丸太司氏は語る。

ITエンジニアと呼ばれる人の数は多いが、そのなかでIoTエンジニアを自称するエンジニアの数は、ざっくり言って国内数万人規模。そこに毎年3,000人のIoTエンジニアが増えるとすれば、人材不足解消への貢献度合いは高いと言うべきだ。

IoT人材育成では、大学や専門学校の役割も重要になる。同社は横浜にある情報科学専門学校の実践IoT科と連携し、養成キットを活用したハンズオン型の授業サポートにも乗り出している。


▲株式会社XSHELL セールスマネージャー 中丸 太司氏

パワードスーツからIoT開発環境のサービスへシフト

XSHELLは瀬戸山氏が慶應SFCの学生だった2014年に設立。もともとは、ネットワーク経由で機能を進化させたり、複数台を協調させたりすることで、より複雑な動作ができる新しいパワードスーツの開発をメインに、空き家マッチングデバイス、信号サイクル取得デバイスなどIoTソリューションの開発に挑んでいた。

「しかし、パワードスーツは3Dプリンタで膝の関節一つを作るにしても膨大なコストがかかり、学生ベンチャーのチャレンジとしては困難がつきまといました。またIoTシステムの開発でも複数のデバイスからデータを収集したり、各デバイスにプログラムをデプロイしたりする手間が大変でした。

そこで、ネットワークにつながったデバイスに最新のソフトウェア配信を可能にする、IoT専用の開発環境を作る必要性を感じ、GitHubを使った“isaax(アイザックス)”というホスティングサービスを開発したのです。いわば、IoTのロジスティクスツール。企業のIoT開発チームはネットワークの設定やプログラムのデプロイはすべてisaaxに任せ、IoTソリューションの開発に専念できるようになります」

isaaxサービスは、会議室や待合室にカメラを設置して、AIで利用者数をカウントし、 統計情報を分析して業務効率化を実現するファシリティ管理システム、玄関ドアに取り付けた電球型IoTが外の天気を教えてくれる生活サービス、観光バスの運転手の安全運転支援システムなどにも使われている。

この開発基盤をIoTの初学者の学習にも活かすというのが、今回のキットのもう一つの特徴だ。「IoTエンジニア養成キット」には、isaaxのビジネスプラン半年分が付帯しており、IoTデバイスの管理、死活監視、ファームウェアアップデートなどに活用できるほか、複数のIoT端末をまとめて管理することができるようになる。

瀬戸山氏はアイルランドで高校生活を送ったこともある帰国子女。そのせいもあって、海外エンジニアとのネットワークも豊富。現在10名のXSHELL社員のうち半数近くが外国籍のエンジニアだ。彼らは主にisaaxサービスのメンテナンスや新機能開発を担当している。

IoTソリューションに特化しつつ、グローバルな視野で人材育成という長期的課題にも挑むXSHELLの試みには投資家も注目。ベンチャーキャピタルのグローバル・ブレインや電通国際情報サービス、KDDI、三井住友海上キャピタルら大手企業が出資している。

「日本のものづくりの文化は、世界で偶像化され、崇拝されています。しかし、ものづくりというからには目に見えるモノが重要とされ、ITやソフトウェアといった目に見えないナレッジに対する価値観はまだ薄く低い。

これまでできなかったことをできるようにするためには、ソフトウェアが重要であり、それがハードウェアと連携していくことが欠かせない。IoTは日本の産業にとっても重要な課題。養成キットがその課題解決のための一助になれば嬉しい」と、瀬戸山氏は語っている。

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