車内置き去り事故に「未然防止デバイス」で取り組むアバナードの開発ウラ話
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面白いことにアンテナを張り、困りごとが生じたらすぐ動く
アバナード株式会社 杉本 礼彦氏
関西オフィス ソフトウェアエンジニアリングリード
GenerativeAI勉強会コミュニティ発起人
京都コンピュータ学院 客員教授
2019年5月にアバナードに入社後、関西オフィスでデジタルイノベーションの推進や組織構築にも携わり、社外でも多方面で活躍する杉本礼彦氏。技術者として大切にしている姿勢を、こう語っている。
「常に何か面白いことがないか、技術で解決できないか。そんなことばかり考えています」(杉本氏)
杉本氏は、これまでもさまざまな面白い取り組みを行ってきた。IoTを活用してビールを醸造する「TECHBEER」、負けたら40万Vの電気が流れるデバイス「40万VびりびりAIクイズ」の開発。「社外ハッカソン」では、インターフォンの素早い対応が難しい障がい者向けに、Alexaを活用したデバイスを開発した。
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今回紹介するのは、2022年に幼稚園で園児がバスに置き去りにされて亡くなった事故を発端に、開発したプロダクトである。
きっかけは、地方創生DX推進アドバイザーとして、大阪府の河南町を担当している杉本氏が、同自治体が運営する子ども園のバス送迎対策について相談を受けたこと。杉本氏はすぐに動いた。
「何かできないかと反射的に動いていましたね。完璧な対策は難しそうでしたが、少しでも役立てればと思いました」(杉本氏)
そして作り上げたのが、Raspberry Piに人感センサー、SORACOM製の4G通信モデムを搭載したIoTエッジデバイスにAzureクラウド、Power Platformを組み合わせたシステムだ。
バスは遠隔地に置かれることを考慮し、Wi-Fiではなく4G対応とした。バスのバッテリーを考慮して、エンジンが切れてから一定時間のみ可動するように工夫した。さらには、取り組みの内容をブログで発信する。情報発信する理由を次のように話した。
「些細なことでも恐れず情報発信すると、思わぬ良い結果に繋がることがあるからです」(杉本氏)
杉本氏は、隙間時間の活用も大事だと話す。隙間時間があるからこそ、今回のシステムも生まれたと語っている。
「まずは、困りごとが生じたときに、すぐ動くことがとても重要です。そして、普段から技術者として、何を意識して取り組んでいるか。例えば自分であれば、ソフトウェアだけに限らず、Raspberry Piを使って車の自作マフラーの音をシュミレーションするチャレンジもしています。自分のための取り組みが結果として技術者の引き出しを増やし、課題解決に繋がっていくと考えています」(杉本氏)
情報発信することで、モチベーションと生産性が高まる
アバナード株式会社 大北 真之氏
関西オフィス シニアコンサルタント
続いて登壇した大北真之氏は、杉本氏と同様「新しいものが好き」だという。2022年2月にアバナードに入社してからも、社内外さまざまな活動に取り組むと同時に、積極的に情報発信も行っている。
例えば、社内のメイカソンイベント「!nnovate(イノベート) 」では、AIラジコンを作成する取り組みを発信している。
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大北氏は「バス閉じ込め対策デバイス/アプリ」の共同開発者でもある。改めて、システムの詳細をそれぞれの領域ごとに紹介した。以下はアーキテクチャ(全体像)だ。
Edge側については、前述通り、バッテリーが上がらないようバスが停止してから電源共有が始まる仕組みにして、リレー回路で作成した。
稼働後は、センサーが得た情報の検知や送信、ネットワーク状況などを取得するプログラムを、PythonやShell、systemctlなどで実装した。
Azure領域では、IoT Hub、Stream Analytics、データベースを作成し、デバイスやクエリを登録する。Power Platformのサービス、Power AppsやPower Automateで、アプリを作成した。
技術的に難しい内容ではなく、要望があってから数時間で作ったという。だが、ここで重要なのは、情報発信である。大北氏はこの取り組みを、技術ブログに投稿した。すると、この記事が、アバナードでコーポレートシチズンシップリードを務める日野紀子氏の目に留まることとなった。
日野氏は、社内SNSのViva Engage (旧Yammar)で、ブログの内容をアバナードのグローバルに発信する。ちなみに、アバナードのグローバル全体のメンバーは約6万人。1万6000人以上のメンバーに閲覧され、ブログと共に多くの「良いね」がついた。
さらには、ブラジル、スペインの海外メンバーからも直接メールで反響があった。その後は日本法人としては初となる、グローバルの社内記事にも掲載される。大北氏は、情報発信した成果を次のように語った。
「英語のメールが届いて最初は驚きましたが、読んでいくうちにどんどん嬉しくなりました。今回の情報発信を通じて、自分という存在を知る人が増えたことや、面白そうな案件に声をかけてもらう機会を得るなど、様々な面でプラスとなりました」(大北氏)
一方で「日々のプロジェクトに忙殺され、なかなか新しい取り組みにチャレンジできないエンジニアの気持ちも分かる」と、大北氏。だが、新しいことに取り組むことをためらっていることでモチベーションや生産性が下がり、より時間がなくなる「負の連鎖に陥ってしまう」ことも少なくない。
そうした負のサイクルから抜け出すためにも、どんなことでも構わないから、モチベーションが上がる取り組みにチャレンジする。チャレンジしたことは、必ず情報発信することが大切だと大北氏は強調する。
そのチャレンジからモチベーションが上がるアクションが生まれ、生産性向上、さらなる有効時間の活用と、負からプラスにサイクルが変わっていくからである。
「最初のハードルは高いかもしれませんが、一度トライすると、モチベーションが上がっていくと思います。ぜひとも挑戦してください」(大北氏)
社会課題の解決に、エンジニアが必要不可欠な時代
アバナード株式会社 日野 紀子氏
コーポレートシチズンシップリード
お茶の水女子大学客員講師
青山学院大学・事業構想大学院エリックゼミアドバイザー
ニューヨークの非営利法人 NY de Volunteer創立者・理事
続いては、日野紀子氏が登壇した。日野氏はニューヨークで社会貢献活動に取り組んだことをきっかけに、2003年にNPO法人NY de Volunteerを創立。企業、教育機関、NPO法人など多面的に、一人でも多くの人が社会課題の解決に自発的に取り組むよう、啓発活動を行ってきた。
活動を通じて、社会課題の解決にはテクノロジーの力が必要不可欠であることを体感し、帰国後はIT業界で、これまでの活動をさらに推進しようと、アバナードがコーポレートシチズンシップに本格的に注力するタイミングで、入社することを決めた。
コーポレートシチズンシップは、日本語で直訳すると「企業市民」となる。企業は利益を追求する組織である以前に、社会という市民の一員であり、その基盤となる地域やコミュニティに貢献すること、取り組みなどを指す言葉だ。日野氏は、なぜ企業がコーポレートシチズンシップに取り組むべきなのか、次のように語った。
「現代社会は課題が山積みです。企業も含めた社会全体が一丸となって取り組まないと、地球が危ない状況です」(日野氏)
だが、エンジニアにとってはチャンスが到来していると日野氏。社会課題に対して、高い専門知識や技術力を活かすことができるからだ。
杉本氏と大北氏が開発したシステムもその一つであり、アバナードにおけるソーシャルイノベーションの第一号だと日野氏は称賛。アバナードでは、2人の取り組みの価値を経営からメンバーまでが理解しており、グローバルでも称賛されている。このような環境で取り組めることが重要だと続けた。
さらに、アバナードは社会課題の解決に取り組む人。つまり、チェンジメーカーとなる人材を支援する意識が強いとも語っている。結果として全社員が社会課題を学び、成長していくことで、持続可能な社会を実現していくからだという。
「あなたはどのような社会課題を放っておけますか? DV、飢餓、ペット、高齢者問題など何でも、どんな小さなことでも構いません。あなたが持つ技術力や専門性を使って、できることから始めてみませんか」(日野氏)
【トークセッション】開発後の反響、技術で社会課題の解決はできる?
後半のセッションでは、今回の取り組みをテーマに3名によるトークが交わされた。
──開発後の反響や今後の構想は?
杉本:河南町の担当者は献身的でユニークな方が多く、ChatGPTを使った取り組みなど、次から次に面白い相談をしてくれます。先日は保育士さんのシフト表を、Excelのマクロ機能を使って作成するお手伝いをしました。技術的にはささいなことでも、とても感謝される。技術者冥利に尽きますね。
また、今回の取り組みを通じてビジネスとは関係なく、多くの相談を受けるようになりました。そのような新たな課題解決にも着手していきたいと思います。
大北:今回はよい足がかりになったと思っています。カメラの活用など、今後はさらに精度を高めていきたいと考えています。
──情報発信しようと思ったきっかけ、発信してよかったこと
大北:杉本さんから「まずは一度やってみたら」と勧められたことがきっかけでした。情報発信できる場があったことも大きいですね。実際に発信してみると、楽しいことが続くので、今では積極的に毎月発信するようになりました。
杉本:フィードバックがあると、次のモチベーションになりますよね。もちろん困っている人を助けたいという思いが前提ですが、そうしたシンプルな気持ちも大切だと思います。
大北:発信することで、新しいビジネスチャンスにつながる可能性もあります。特にエンジニアであれば、履歴書の代わりにもなると思います。
まずは自分の得意な技術や領域について、初心者に向けた内容を、気軽に発信するのもいいと思います。
杉本:情報を発信しなければ、新たな情報が集まらないとも考えています。高額な費用をかけてマーケティング会社経由で情報を収集するのではなく、発信する側にまわった方が効率がよいと思います。
──今回の取り組みが実現した理由
日野:「アバナードだから」というのが大きいと思います。というのも、アバナードは「すべてのビジネス活動で責任を持つ」とグローバルでコミットしていて、コーポレートシチズンシップの人材も増やすなど、日々それらを実践しているからです。
コーポレートシチズンシップ活動についても表面上の情報ではなく、そこから一歩踏み込んだビジョン、パーパスはどうなのか。本当に実践しているのか。それらを見極めることが重要だと思います。
杉本:トップを含め、グローバルで評価されたことが大きいと思います。
──技術で社会課題の解決は本当にできるのか?
杉本:技術で解決できることは、たくさんあります。実は、技術力はそれほど高くなくてもできる場合も多い。実際、今回の取り組みも技術的には簡単なレベルでした。つまり大切なことは技術力の高さうんぬんではなく、いかに社会課題を抱えている人でたくさん出会えるか、ということです。
そういった視点からも、有名人50人と繋がるより、困っている人50人と繋がれる人脈の方が強いと思いますし、そのような繋がりから、真のアイデアが生まれると考えています。
日野:本当にそう思います。エンジニアには簡単な技術や取り組みであっても、NPOや他の人にとっては、素晴らしいアイデアや解決策のオンパレードですから。
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
最後のセッションでは、イベントを聴講した参加者からの質問に杉本氏が回答した。
Q.現場実装で苦労したポイントは?
杉本:バスに傷をつけたり、子どもたちがデバイスでケガをしないこと。また、エンジンの熱でデバイスが壊れないように設置場所を工夫しました。そのため、現場で加工するなどの苦労が生じました。バス内の温度変化についても現状トラブルはなく、Raspberry Piは意外と丈夫だと認識しています。
Q.人命に関わる機器の定期配信について
杉本:現在では政府がガイドラインを作成し、それに則ったデバイスが各社から発売されています。一方で、同ガイドラインではその場でベルを鳴らす方式のため、バスが遠隔地に駐車している場合などは、対応が難しいという課題もあります。私たちが開発したデバイスでは定期配信を行っています。
Q.政府ガイドラインへのフィードバックなどは考えているか?
杉本:やらなければいけないと考えています。アバナードには政府に提言できる人材もいますからね。
Q.実際に導入する機器は政府のガイドラインクリアが必須となるか
杉本:あくまでガイドラインですが、実際にはどのメーカーもクリアできると思います。
Q.今後の改善点について
杉本:バッテリーは冬になると性能が弱くなるため、エナジーハーベスティングの技術やバックアップなどを考えています。
Q.今後解決したいと考えている社会課題は?
杉本:冬のハウス栽培は大量の重油を使うため、環境に優しくありません。ソーラーパネル由来のヒーターに置き換えたり、ヒーターの発電時に生じたCO2を回収して植物に与えるような取り組みをしたいと考えています。