エンジニア企業の人事評価の今~Matzさんと考えるエンジニアのための評価制度~
人事×エンジニアによるコミュニティ『Re:OD Hack』。第二回目のミートアップが2018年9月14日に開催されました。今回は、IT企業4社より、それぞれ人事・エンジニアが集まりました。プログラミング言語Rubyの生みの親、Matzこと まつもとゆきひろさんを交え、人事評価の今について熱いディスカッションが繰り広げられました。
Re:OD Hackとは
Re:OD Hack(リ:オーディーハック)とは、エンジニア組織における組織開発の知見交流コミュニティです。
Re:OD Hackというコミュニティ名には、Organization Development:組織開発(OD)を再定義して(Re)より良いものにしていく(Hack)という意味が込められています。
第1回目の様子:日本のエンジニア組織を活性化する!Re:OD Hack開催レポート
参加企業は、株式会社リクルートマーケティングパートナーズ(以下RMP)・株式会社アカツキ・面白法人カヤック・株式会社メルカリ・富士通クラウドテクノロジーズ株式会社(順不同)です。
今回のテーマは「評価」
各社が課題と感じていることベスト5
1位:エンジニア出身のマネジメント人材の不足(やりたがらない、育たない、採用できない)
2位:評価制度。正確さ、納得感。データドリブンな評価など
3位:リファラル採用
4位:給与、報酬、雇用形態全般
5位:事業開発力を持つエンジニアの不足、育成の難しさ
各社の人事×エンジニアが、一同に会してディスカッション
RMP 鳥倉さん
今回は、参加企業の事前アンケートで2位だった「評価制度」について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
各社のお悩みを共有
- RMPさんの課題:事業への貢献度合いの評価 & スキル評価を両立させることが難しい
- アカツキさんの課題:評価に誠実であろうとすると、賃金制度が複雑に
- 富士通クラウドテクノロジーズさんの課題:成長目標のロールモデルが立っていない
- 面白法人カヤックさんの課題:評価からくる成長実感
各社が持ち寄った、上記4つのテーマで時間を区切ってディスカッションしていきます。
それぞれの企業がどのようなことで悩んでいるのか。他の企業ではどのような考え方で、どのようなアプローチをしているのか。
会社という垣根を超えて、知見を共有できればと思います。
ファシリテーターはRMP 金谷さんです。よろしくお願いします!
RMPさんの課題:事業への貢献度合いの評価 & スキル評価を両立させることが難しい
RMP 田野さん
RMPが感じている課題としては「会社・事業への貢献度合いによる評価と、スペシャリストとしてのスキル評価を両立させることが難しい」ということです。
アカツキ 坪谷さん
エンジニアとしての専門領域以外でも会社に貢献してほしいということですか?
「事業に貢献しないスキルを評価する必要はあるのかな?」と思います。
RMP 金谷さん
この話が出てきたのはリクルートグループであるRMP特有かもしれませんね。
RMPは事業を考える力がとても大きくて、それに対してエンジニアがどのように連携していくかというのが大切です。
ところが眼の前の事業への貢献だけでなく、純粋にスキルも向上させたいし、それ自体が評価されても良いはずだという声があります。
RMP 金谷さん
まつもとさんは「評価」自体をどう捉えていますか
まつもとさん
そもそも「何のために評価をしているか?」を考えてみましょう。
給料を支払うため。これはもちろんですね。
あなたのことを理解しているよという表明。これも、その通り。
とはいえ「すごく頑張ったから10倍にしましょう」ということはできませんよね。
頑張って2倍の成果をあげても、給料のアップは2〜3%アップほどで止まる。
私が思うに「給料上げるために仕事を頑張る」というのは、なかなかコストパフォーマンスが悪いのではないかな?と。
マネージャー側から見ても、一人一人に適切な評価をするのは難しい。
給料というもの自体、割と運要素が高いんですよね。たとえば、上場するとき、たまたまそのタイミングで会社にいたとか。
つまり、良いパフォーマンスへの評価は、福利厚生や居心地のよさの提供になってくるんじゃないでしょうか。
対して、悪いパフォーマンス……たとえば、周りの足を引っ張るとか。そういった場合はペナルティが課されるべきだとは思います。
すると「年収上げたい」という気持ちが高まったら、転職するというスタイルになると思うんですよね。
評価のためにコストを支払うのは、評価される側にとっても、評価する側にとってもコスパが悪いんじゃないかなと思います。
アカツキさんの課題:評価に誠実であろうとすると、賃金制度が複雑に
アカツキ 坪谷さん
さっきの「コストをかけるのは無駄じゃないか」という話にも通じるんですけど、弊社の評価制度では「給与がなぜこう上がっているのかわかりにくい」という問題が発生することがあります。
「頑張った人の頑張りはしっかり評価してあげたい」という思いが積み上がって、いろいろな点を評価していくと仕組みがどうしても複雑になってしまう。その結果、賃金との関連がわかりにくいのです。
アカツキ 北林さん
自分は理解できている方だと思いますが、自分の行動が給与のどの部分に響くかまではわからない。とはいえ評価の透明性は感じます。
アカツキ 坪谷さん
制度のロジックはとても考えられていますし、疑問点はすぐ相談しに行けたり、制度の仕組みも公開されていて閲覧できる環境です。
何よりもアカツキのエンジニアにはしっかりメンバー一人ひとりに向き合ってお互いにフィードバックを行うとても良い文化があります。
だから本質的には、今の制度にとても誇りを持っているんです。でも、賃金制度の説明にはいつも頭を悩ませています。
面白法人カヤック 三好さん
ウチの場合、アイデアをどんどん出す人は評価されやすいんですけど、その反対にコツコツやるタイプの人は評価されにくい印象を持たれるという問題があります。たとえば、PMは評価されにくいとか。
そこで、皆の評価制度への理解を深めるために、オリジナルのカードゲームを作りました。
RMP 金谷さん
すごい!おもしろそうですね。それって他社でも使えるんですか?
面白法人カヤック 三好さん
仕組みは使えると思います。ただ、カードの中身はカヤックの制度に合わせているので、そのまま適用するのは難しいと思います。
評価される人が、評価する側のことを知っていれば満足度は上がると思うんですよ。
クリエイターにとって、他の人がどのように評価しているかはブラックボックスです。
これを理解するために、カードゲームを通してコミュニケーションしながら理解を深めるというわけです。
富士通クラウドテクノロジーズ 織田さん
エンジニア同士、たとえば上司がエンジニアだと適切な評価がされてよいですね。
不公平が極力発生しないために、人事部は状況に合わせた評価をしている。ただ、そのことをエンジニア側は知らないという実態もあります。通達してもそれを見てないとか、ドキュメントってどこにあったんだっけ?とか。
アカツキ 坪谷さん
わかります。どんなに誠実にやっても、建増し旅館みたいな仕立てになってしまいますよね。いや、むしろ誠実に丁寧にやっていることがそれを招いている面もあります。
まつもとさん
たしかに、どんなルールになっているかは、エンジニアは興味ないですもんね。
ソフトウェア開発って同じ方向を向きにくいんですよ。
人事の人、開発をする人、テストをする人、クライアントなどいろんな人が関わりますよね。すると、利益相反が起きやすい。対立するとベクトルが相さいしあってしまう。
「私は隣のこの人より頑張ってる。この人より給料をもらわないといけない」というのはある種、ひとつの対立なんですよね。
それよりは「会社としてたくさん儲かった!だから全員の給料が上がった!」というほうがいい。
ただランクはあると思うんですよ。初心者とかベテランとか。それはありだと思います。
「あなたはいろんな経験を積んだので、シニアですよ」というような。
そうではなく「あなたはあの人の1.2倍頑張ってますよ」というのは、なかなか難しいんじゃないでしょうか。
アカツキ 坪谷さん
そうですね。儲かり続ける前提なら「全員にバーンと高い給料を出して、細かい評価はしなくてよい」という方法をとるのもアリだと思います。
富士通クラウドテクノロジーズさんの課題:成長目標のロールモデルが立っていない
富士通クラウドテクノロジーズ 織田さん
弊社の悩みは「成長目標のロールモデルが立っていない」ということです。
半期ごとに「次の半期をどうするか」という形で目標を立てる仕組みがあるんですけど、それだと「半年ごとのスパンで自分がどう見られるか」だけを意識してしまいがちです。結果、3年計画や5か年計画を実行していきにくくなってしまいます。
理想としては、たとえば「今は種まきフェーズである」と握った上での長期的な視野での計画を立てられることなのですが。
富士通クラウドテクノロジーズ 織田さん
実際、「自分が3年後どういうエンジニアになっていて、だから今このプロジェクトでこの役割をやっています」と明確に言えて、上司と共有できているエンジニアって少ないんです。
まつもとさん
ルールに最適化されるとそうなるよね。
「自分はどんな市場価値を持ったエンジニアになりたいですか?」というヒアリングをしても答えが返ってこない。もしくは「そういうことは会社が提示してくれるべきだ」と反論する人もいる。
中にはレールを敷いている会社もあるけど、それじゃ最新技術にはキャッチアップできない。
RMP 金谷さん
カヤックさんはどうですか?
面白法人カヤック 矢吹さん
評価に結びつくような目標を建てるということはあまりないです。半年後どういうことをしているかすらわからないので。
面白法人カヤック 三好さん
私の場合は、計画を立ててもモチベーション上がらないです。それによって成長実感を感じないので。
それよりも「今、目の前にあるものをどう120%に持っていくか」ということに集中しています。
もちろん「自分は5年後どうなってるんだろうな」と漠然と考えることもあるかもしれません。でも、そんなの本来はいらないんですよ。「ないと不安」というのはその子がキャリアというものを理解してないだけなんですよ。「本当はそうじゃなくてもいいんだけどね、周りに踊らされなくていいんだよ」と言いたいですね。
RMP 金谷さん
このあたりは、Matzさんの考え方と共通しそうですね。
アカツキ 坪谷さん
この視点でアカツキが大事にしているのは次の2つ。
- やんちゃな目標(高い目標に挑むことが人格的成長につながる)
- ハートドリブン(心の声に正直に従ってやれているか?)
アカツキは若いメンバーが多くて、40代の私が最長老なほど。中長期の先を見据えて、というよりは、やんちゃにハートに従ってやっていくメンバーが多いと思います。
RMP 金谷さん
RMPは退職金制度が充実しており、常に新陳代謝が行われていて、自然と若い人が多くなります。
面白法人カヤック 三好さん
ちなみにこの「ロールモデル」って社内の人なんですか?
私が思うに、クリエイターのロールモデルって必ずしも社内で考えなくてもいいと思うんですよね。世界全体で考える。必ずしも人じゃなくてもいいんですよ。たとえば「オリンピックのオープニングの演出が好きだから、ああいうのを作れるようになりたい」とか。
「会社の中の誰かになってどうするんだ」っていう。「ウチの会社にロールモデルいないよね」「当たり前だろ!社内にいるわけないだろう」みたいな(笑)。私は、全員がフリーランスでいいと思ってるんですけど。
RMP 田野さん
前述の通りRMPでは新陳代謝の仕組みが充実しているため、退職までの計画は自然と考えるようになります。当然比較的若い人が多い組織になるため、ロールモデルを社内に求めるということはあまりない気がします。
富士通クラウドテクノロジーズ 織田さん
ロールモデルという言葉は、特に20代の口から出ることが多い気がします。
ベテランエンジニアに「誰を目標にした?」と聞いても「知らん!」という答えが返ってきたり(笑)。
他にも、とにかく前人未到が好きという人もいますね。まだ誰もやっていないことにモチベーションが上がるタイプ。
アカツキ 坪谷さん
会社にコミットするのか、職種にコミットするのかっていうところですよね。
もともと日本では会社にコミットするのが当たり前でした。西洋ではギルドといって職種でのコミットの方が優位だと聞きます。しかし日本でも最近、職種にコミットする人が増えてきました。特にエンジニアはそういう方が多いのではないでしょうか。
昔のように就社ではなく就職なので、外部のイベントへの参加などを積極的にしながら会社の枠に囚われずロールモデルを探して良いと思います。
まつもとさん
なるほど!その視点がありましたね。
RMP 竹迫さん
私は、サイボウズにいる前はベンチャーにいたんですけど、カンファレンスに登壇しに行ったら、会社に「勉強会に出るな」と言われたことがあるんです。「引き抜かれるから」と。
(一同:笑)
まつもとさん
最近は減りましたけど、それでもまだありますよね。
勉強会に行かない・行けない会社。
富士通クラウドテクノロジーズ 織田さん
うちの会社だと「どうぞ登壇しに行ってください!」って感じですよ。
アカツキ 坪谷さん
うちも、むしろ「みんなもっと社外に登壇しに行ってほしい!」という感じです。
面白法人カヤックさんの課題:評価からくる成長実感
面白法人カヤック 三好さん
カヤックでは今、月給ランキング(*)というのをやっています。
ちょっと前までは実力ランキングという名前でした。
(一同:笑)
(*月給ランキング・・・同じ職種の社員同士の相互投票でランキングを決める。この結果が月給に反映される。「自分が社長になったつもりで社員を報酬順に並べてください」という問いで、各メンバーを評価し、それを元に各自の固定給が決定される。
面白法人カヤック 三好さん
「月給ランキング≠前期からの成長」なのに、月給ランキングが同じだと前期から成長していないように感じてしまうという問題があります。
富士通クラウドテクノロジーズ 高野さん
評価はあがりつづけるものというイメージを皆持っているものなので、下がった=成長していないと感じられることはありますよね。
面白法人カヤック 矢吹さん
月給ランキングには、もうひとつ問題点があります。「人によって視座の違いがある」ということです。新卒の一票もベテラン社員の一票も、同じ重みになる。「それってどうなの?」と。ウチは新卒が多いので。
面白法人カヤック 三好さん
僕の中ではランキングをなくしたらいいんじゃないかと思っていて。
成長実感としては「前期より成長しましたか」という問いに対して、シンプルに「はい・いいえ・変わらない」の三択でいいかもしれない。
RMP 竹迫さん
個人の成長と事業成果って、別なんですよね。
事業成果はボーナスで出す。職務の難易度については別軸で評価する。たとえば、高パフォーマーだと実働時間が短い。そこを適切に評価できるように人事部と連携するのは大事だと思います。
アカツキ 坪谷さん
ミッションと成長を区別して話すべきですね。成長しているのであれば「君は前期とミッションは変わらないけど、成長しているよ」というメッセージを伝える。そこが混同してしまうと「僕はミッションが変わらなかった。成長してない」という話になってしまいます。
富士通クラウドテクノロジーズ 織田さん
必ずしも「優れたプレイヤー = 優れたマネージャー」というわけではないですよね。
だからウチでは、マネージャーのグレードとエンジニアのグレードが並列で存在します。よって、エンジニアとしての能力はそこそこだけどマネージャーとしての能力が卓越していれば、後輩が自分のマネージャーということもウチではありえます。
他のグループ会社は「一定以上のレベルのエンジニアはマネージャー」という制度にしているところもありますね。
面白法人カヤック 三好さん
カヤックはクリエイターの集まりなので「グレードって何? 職能でしょ」という考え方です。
ただし、そうなると「ではなぜ新卒採用をしているのか」という矛盾した話になってきます。「プロフェッショナルな集まりにしたい」という方針でありつつも、新卒採用もしているっていうのは矛盾がある気がするので。
RMP 竹迫さん
スペシャリストとプロフェッショナルの違いですね。
チームでやる以上、ちゃんと「おしりを持てる」というのが大事。
1人の能力も大事ですけど、チームの中でどうコミュニケーションをとってうまくやっていけるのか、というのがプロフェッショナルには求められますよね。
富士通クラウドテクノロジーズ 織田さん
「このミッションを確実にやってくれる」という安心感ですよね。
アカツキ 坪谷さん
自立と協働のバランスなんですよね。
一般の企業は、協働からはじめる。
後から自立をつけたそうとしているから苦労しているんじゃないかな、と思います。
新しい意見に対応する企業が今後もっと出てきてもいいんじゃないかな
RMP 金谷さん
「評価制度を整えるのに労力がかかるなら、シンプルに評価制度自体をなくしちゃったほうがいいんじゃないの?」という話が出てきました。もしかしたら、意外とそれが真理だったりするのかもしれません。
それじゃあ「評価制度がない状態」ってどんなものなんだろう? 皆さんで考えていきたいですね。
まつもとさん
会社に求めるものは、人によってだいぶ違うと思うんです。
たとえば「個人の実力を評価してほしい」「コミュニティとしての所属意識がほしい」など。
「どっちが正解」というのはありません。
たとえば、島根県松江市の会社ってドライなんですけど、部活があるんですよ。ボート部とか。そこに所属意識があったりして。
今の時代は、新しい意見を持っている人が現れ始めているので、それに対応する企業が今後もっと出てきてもいいんじゃないかなと思いますね。
最後は乾杯
最後はみんなで乾杯。各社の人事・エンジニアの皆さんで、今後の課題や改善のアイデアについて、わいわいと楽しく意見を交わし合っていました。
まとめ:会社を超えて話し合えるオープンな場所から、改善への一歩を踏み出そう
評価制度については、テーマがテーマなだけに、普段なかなか言い出しにくいもの。でも、このようにコミュニティを作り、会社を超えて話し合える場を設ければ、エンジニアと人事の相互理解が深まり、改善への一歩を踏み出すことができます。
今この記事をお読みの皆様も、ぜひ、会社の仲間と一緒に考えてみる機会を作ってみてはいかがでしょうか。
とはいえ「ウチは忙しくてそんなことを話し合う時間がない」という場合もあると思います。
そんな場合は「この記事を社内Slackで共有してみる」というのも素晴らしいアクションのひとつです!そこから広がるものが、きっとあると思います。
Re:OD HACKのこれから
RMP 鳥倉さん
今後もこのように、2ヶ月に一度のペースで、エンジニア組織の課題について職種や会社の壁を越えて一緒に考えていきたいと思います。
RMP 鳥倉さん
「いい話だったね」で終わるのではなく、各社持ち帰って議論・検討・実行まで実践することを目的としています。だから、イベントじゃなくてコミュニティなのです。
次回のテーマは「マネジメント人材の育て方/採用の仕方」です!お楽しみに!