【後編】“二項対立”を突破するPdMのリーダーシップとは──及川卓也氏の「プロダクトマネジャー講座」を通じてmedibaが学んだこと

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【後編】“二項対立”を突破するPdMのリーダーシップとは──及川卓也氏の「プロダクトマネジャー講座」を通じてmedibaが学んだこと
IT人材を育成するためのプログラム「TECH PLAY Academy」では、及川卓也氏を講師に迎え、基礎から実践までを体系的に学ぶ「プロダクトマネジャー講座」を開催している。Day1、Day2の内容については、前編で紹介している。今回は12月中旬に開かれたDay3を踏まえて、研修が持つ意味、研修によって得られた気づき、さらにこれからのプロダクトマネジャーのあり方について、medibaの岡昌樹執行役員/CXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)と及川氏に語り合っていただいた。

※前編はコチラ

グループディスカッションを通して、日々の課題を語り合う

KDDIの「auスマートパス」の企画・開発・運営など幅広い分野でサービスを展開するmediba(メディーバ)が、「プロダクトマネジャー講座」を受講し始めたのは、2019年10月のこと。及川卓也氏が講師を務めるコースは、10月~12月にかけて3回にわけて開催された。

——トータル3日間にわたるプロダクトマネジャー(PdM)研修を終えて、どんな感想をお持ちですか。

:Day1、Day2はマインドセット的な意味が強かったのですが、Day3はより具体的な話、例えば全体の方針を作るためのフレームワーク作り、バッドノウハウまで含めて話を聞き、プロダクトマネジャーとしてこれから何が必要かを議論しました。

全体を通して思ったのは、プロダクトマネジャーといっても定型的なスタイルがあるわけではなく、企業や事業、あるいはプロダクトの性質によって、その仕事の内容はさまざま。自分たちのプロダクトを推進するのにふさわしい取り組みが必要だということです。

どんなレベルのプロダクトマネジャーにも共通して言えることは、多数のステークホルダーと関係しながらモノを作っていかないといけないということ。エンドユーザーはもちろんのこと、エンジニア、デザイナー、マーケティング、経営陣を巻き込みながら一緒にプロダクトを作っていく。そこではステークホルダーマネジメントが重要な鍵になることを、改めて気づくことができました。

Alt text 株式会社mediba 執行役員/CXO 岡 昌樹氏
モバイルコンテンツプロバイダーのエンジニアとして数々のフィーチャーフォン向け公式サイトの立ち上げ後、2008年 Yahoo! JAPANに入社。Yahoo! JAPANトップページのアプリ責任者や全社のモバイル戦略などを担当。2016年にKDDI株式会社バリュー事業本部担当部長として入社、UX戦略を担当。2018年にmedibaのCXO(Chief eXperience Officer)に就任し、「auスマートパス」を始めとするさまざまなメディアやコンテンツのUI/UXを統括。


研修後、参加メンバーの感想を聞いたのですが、あるプロダクトマネジャーは、「プロダクトマネジャーの仕事を理解はしているつもりだったが、あれだけ体系的に話を聞いたのは初めて。自分の中でこれを試してみよう、アクションしてみようという気持ちが生まれた」と言っていました。

ステークホルダーとの関係性については、「これまでは相手がわかってくれないと諦めていたのですが、相手をわかろうとしていないだけではないかと及川さんに指摘されて、そうだったのかと気づいた」という声もありました。相手を変えるのではなく、自分を変えるという発想が重要なんですね。

及川:medibaはauユーザー向けにサービスを提供しているので、ユーザー数は大規模。KDDIグループということで大企業的な組織側面があります。一方で、完全にKDDIにコントロールされているわけではなく、スタートアップ的なプロダクトも社内に生まれている。

なかなか面白い立ち位置にあると思うんですよね。その中で、medibaでは昨年からプロダクトマネジャーという役職を設けた。その体制が動き出していく過程と、研修の進捗が重なっていました。

プロダクトマネジャーの基本スキルのようなものは、講義スタイルで伝えましたが、実は私が大切にしたいのは“余白”の部分。教科書に書いてあることは抽象度が高い。それを具体的な現場に落とした時に、「とはいえ~」ということがあるわけです。

Alt text Tably(テーブリー)株式会社 代表取締役 Technology Enabler 及川 卓也氏
早稲田大学理工学部卒業後、DEC、Microsoft、Googleにてソフトウェアを開発。Microsoftでは日本語版と韓国語版Windowsの開発統括を務める。Googleでは9年間にわたり、プロダクトマネジャーとエンジニアリングマネジャーを経験。Chrome、Chrome OS、Google日本語入力などを担当。2012年日経ビジネス「次代を創る100人」に選出。その後「Qiita」を運営するIncrementsに入社、プロダクトマネージャーとして従事後、2017年独立。フリーランスの立場から複数の企業の技術・事業アドバイスを行う。2019年1月、Tably株式会社を設立。


私のこれまでの経験には成功した例だけでなく、失敗した例ももちろんあります。そこからの学びも大きい。講義の中で使ったスライドの説明はしましたが、そこから外れたり、一枚のスライドを深掘りしたりなど、まさに余白を埋めることに気を使いました。皆さんの抱えている課題について、グループディスカッションを通して解決していく時間を多く持つようにしましたね。

:medibaが展開している事業には、メディアもあり、ポイントサービスもある。会員向けサブスクリプションサービス、自社独自のサービスもあります。KDDIグループの資本とリソースを活用しながらも、一つの事業に特化しているわけではない。一つの会社に複数の事業体が混在している。コングロマリット的な面もあるんですね。

もちろん、KDDIグループとして誕生した会社ですから、外部環境の認識がグループ内に閉じてしまうという傾向がありました。そこから脱却し、もっと広く市場を見なければならない。そうした転換点にあることはみな自覚しているんですが、なかなかそれが見えない。そのことに気づく研修でもありました。

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ちなみにプロダクトマネジャーって、めちゃくちゃ孤独な仕事ですよね。意思決定、リーダーシップを発揮しなければならない一方で、権限は限られている。それぞれが試行錯誤しながらチームをまとめている。そういう立場のマネジャーたちが、研修を通して相互理解が進んだのも良かったです。

フレームワークは必要だが、それに縛られてはいけない

——及川さんが語った失敗事例というのは、具体的にどのようなものでしたか。

及川:失敗事例というか、私がアンチパターンとして語ったのは、例えば私が昨年秋に日経BP社から上梓した『ソフトウェア・ファースト』という本の制作過程です。もともとは、本を一冊書けば名刺代わりになる。また、すでにネットメディア等で語ったことや対談したことなどをまとめれば、すぐ一冊作れるんじゃないかという“不純な動機”があったことも告白しました。

その後、オライリーからCamille Fournier氏の名著『エンジニアのためのマネジメントキャリアパス』が出版され、私が言いたいことはすでにここに書かれいると、自分の本を執筆する目的を失ってしまったことも話しました。

動機も目的も希薄なまま出版企画が動き出し、編集者の目次案に沿って文章を書き始めたのですが、これって、ソフトウェアの開発過程にも似たようなことがあると思うんですね。どこでどう使われるかわからないままに、いくつかのコードをバラバラに書いていくとか、開発する側にいるにもかかわらず、企画に対して主体的に関わっていないような状態。このままでは決して良いプロダクトは生まれません。

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ただ、この本の制作過程で、「書籍の読者のペルソナ設定が曖昧で、それゆえ、誰のための文章なのかが不明確だ」という指摘を私の会社のスタッフから受けることができました。その言葉が、体裁を整えて、とりあえず出せればよいというふうに考えていた、私の目を覚まさせてくれたんです。

そこで改めてペルソナを明確にして、不要な部分を削り落とし、なんとか出版にこぎつけたわけです。こういうことは、ソフトウェアの開発でもよくあることだと思います。

:本を書くという仕事もそうですが、何を作るかはプロダクトマネジャーが最終的に決めなくてはいけない。プロダクトのぶれない軸を作るためには、フレームワークが必要です。

プロダクトに骨太の方針を持たせ、可視化するためには、PRD、リーンキャンバス、インセプションデッキなど、いくつかのフレームワークがあります。その使い方についても勉強できました。「これを使えばこうなるという方程式はない」ことも同時に学べましたね。

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及川:日本人は生真面目なところがあるから、フレームワークが好きなんですよね。フレームワークを導入して、一生懸命それを勉強する。たしかに何らかのフレームワークを使うと成果が測りやすいんですが、現実にはその通りやっても変わらないこともある。

一方で、フレームワークを導入しなくても成功しているプロダクトはある。例えば、すべてのプロダクトがAgileを導入しなければ作れないというわけではない。実はそのプロダクトが成功したのは、Agileを使ったからではなく、もともと成功するための重要な要素があったからではないのか。Agileの導入は成功の確率を上げたにすぎない——そんなふうに考えることも可能です。」

:料理の話に例えれば、要はレシピ通りに材料や道具を集めても、美味しく作れないということはあるわけです。キッチンの状態が違う、ガスの火力も違う。そもそも作り手が違う。何より誰に食べさせるかによっても違う。歯の弱い人、病気の人に食べさせるとなると、材料をもっと柔らかく煮こまないといけない。

つまり外の環境が変わったら、作リ方を変えなくてはならない。お客さんの嗜好が変わったら、それに合わせてプロダクトも変えなければならない。プロダクトマネジャーのプロセスを通して、そこに気づくためのいくつかのポイントがある、ということも教えていただきました。

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及川:デザインの話でいえば、Illustratorというソフトウェアは一つのフレームワークになりますが、Illustratorの使い方をいくら熟知してもいいデザインができるとは限らない。逆に優れたクリエイターなら、Illustratorを使わなくてもいいデザインが作れる。本当にいいものを作るには、ツールの外にある何かが必要。ツールはそれを助けるものという考え方が重要です。

PdMは単なる調整役ではない。これからのPdMに求められるもの

——プロダクトが複雑になるにつれて、プロダクトマネジャーという役割の重要性が徐々に認識されきたと思います。今後はどういうスキルが必要になるのでしょう。

:これはプロダクトマネジャーに限らない話ですけれども、チームで仕事をしていると、売上げとユーザー体験、デジタルとアナログ、デザイナーとエンジニアというような二項対立にどうしても陥りがちなんですね。二項対立が永遠に続く限り、結果的に議論しても無駄ということになってしまいます。

ただ、対立するモノのうちどっちが勝ちで、どっちが負けというのではなく、かといって曖昧に妥協するのでもなくて、対立構造を通して、むしろそれを利用して、限界を突破していく——そういう考え方がこれからもっと必要になると思います。

例えば「俺のフレンチ」というレストランがありますよね。高級フレンチは高いもの、立ち食いは安いものという、これまた二項対立の図式があるなかで、その固定概念を突破した。一見、対立しているように見えるものでも、それぞれの要素を分解し、いわゆる脱構築しながら考えていくと、新しいビジネスやプロダクトの可能性が生まれるということがある。

プロダクトマネジャーにはそうした二項対立を突破するために、議論をより高次レベルに引っ張っていく役割があると思います。そのためには状況を察知する力が必要。人間ってこれまでのことを繰り返すのが好き。本質的に変化を嫌うもの。でも、状況は必ず変化しますから、いかにそれを楽しめるかということが大切です。

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及川:最近、社内にプロダクトマネジャーを置く企業が増えていますが、せっかくプロダクトマネジャーを置いても、チーム内の調整に苦労しているという話をよく聞きます。調整するというのは二項対立があるからですね。

私は妥協するから、君も折れて、これで納得してくれというような話。けれども、自分が何かを成し遂げようというときは、調整で済むということはあまりないわけです。強い熱意で人を説得する。そういうリーダーシップが求められます。

本来はチーム内にあるのは二項対立ではないのかもしれません。対立すべきものは外にある。お客様の課題を解決するために、もっと視座を上げていく。そういう視点を持てば、インナーサークルの中での対立は生まれないようにも思います。

:及川さんの話を聞くうちに。一口にプロダクトマネジャーといっても様々なタイプがありうることも見えてきました。僕自身はハッカーマインドで新しい面白いものを作りながら、仲間を集めて突破していくタイプ。それとちょっと違って、最初から明確なビジョンを提示して、みんなをぐいぐい引っ張っていくタイプもある。

一方で、メンバーに仕えながら、その力を引き出すサーバント型というのもありますね。だから、プロダクトマネジャーというのは一律にこういうタイプと決めつけるのではなく、その人のスタイルと周りにいる人との関係値のなかで、どういうタイプのリーダーシップを発揮すべきかを考えるべきなんですね。

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及川:ビジョナリーだからサーバントになれないというわけでもない。二者択一ではなく、プロダクトマネジャーにはいろんな要素が混じりあっている。チームがどういうプロダクトマネジャーを求めているかにもよるし、プロダクトの特質にもよっても、リーダーシップの発揮の仕方は変わってくるんです。

:もちろん、共通の要素として、プロダクトが好きだということや、ユーザーの課題を解決するという想いはあるべきだと思います。

及川:それに加えて必要なのは、成し遂げる力ですね。もちろん、プロダクトを作り出すための技術とか基礎教養も必要です。Webだったら、HTMLとJavaScriptは知っていないといけない。けれど、ほんとに能力のある人なら、必要なスキルは数ヶ月で学べるはず。大事なのは、自らが学習していく能力です。

私は、これからのプロダクトマネジャーは単なる調整役じゃダメだと思います。そこで必要なのは「断る勇気」。事業サイドから持ちこまれたものでも、ユーザーの課題を解決できないと判断すれば断るべき。エンジニアがこれできたから捨てるのもったいないといってきても、そのコードはムダだからと断らなければならない状況もあるでしょう。

断れるということは、ステークホルダーマネジメントがうまくいっている証拠。それがない状態で断っちゃうと、人間関係が壊れるだけです。メンバー間の信頼関係が構築していないと断れないんです。

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PdMの技量を高めるためのスキルアップ法

——これからプロダクトマネジャーを目指す人が増えてくると思うのですが、日常の仕事を通してそのスキルを磨くためにはどんなことが必要だと思いますか。

:二つあります。一つは「枠外に行く」ということ。medibaのサービスに「au占い」というのがあるんですが、これに関わっていると普通はデジタルの占いサービスのことしか考えなくなるんです。でも、占いが解決するべき社会的課題というふうに広く考えれば、デジタルに囚われず、例えば占いカフェをリアルに展開しても事業になり得るわけです。

そのように発想を膨らませるための思考実験が欠かせませんね。いま予算が2億円しか使えないけれど、もし100億円使えるとすれ何ができるかとか、今自分が使えるエンジニアが300人いたら、サービスをどのように発展させられるとか、シミュレーションしてみるんですよ。

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もう一つは過去の成功体験を捨てるということ。前職時代から僕はけっこうヒットアプリを作っていました。でも、実際には打率はそんなに良くなかったんですね。でも、周りからヒットメーカーと呼ばれるうちに、失敗が怖くなっている自分がいたんです。

スポーツの世界でも、「次は失敗するかもしれない」というマインドセットが一番モチベーションを下げるといいますからね。どれだけ成功していたとしても、打率はそんなによくはないと自覚して、絶えず打席に立ち続けることが大切だと思います。

及川:プロダクトマネジャーのことを学べる教材は、実は世の中にたくさんあります。書籍にしても、必ずしもタイトルに“プロダクトマネジャー”と書いてなくても、リーダーシップ、マネジメント・オブ・テクノロジー、デザイン思考、ファシリテーションなどの本のなかで言われていることの多くは、プロダクトマネジャーのスキル向上に役立ちます。

ネット上にも、トレーニング教材がたくさんあります。だから、まずは本を読みましょう。オンライン・トレーニングを受けてみましょう、ということですね。そこで基本を学んでも、実践するうちにいろいろと分からないことが出てきます。それを解決するために、PdMたちが集まるコミュニティの中で問題を投げかけるというのもありだと思います。

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:Slackのグループの中にもプロダクトマネジャーを語るものがあり、2,000人以上が参加しています。きっと聞きたいことに答えてくれますよ。

もちろん、さらにその上でということだったら、文句なくこの「プロダクトマネジャー講座」がお薦めです。日本の中にはここまで体系的にプロダクトマネジャーのスキルを学べる環境はない。抽象度が高いものから具象まで、行ったり来たりしながら、それを自分の体験に置き換えながら考えることができた良い機会になりました。

しかし、これはあくまでもスタートに過ぎません。さらにここから日々の業務の中で実践に取り組み、レベルアップした段階で、あらためて及川さんたちとディスカッションできればいいなと思っています。


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「ソフトウェア・ファースト」を先日出版した著者の及川氏が監修開発する最先端研修を学ぶ事が可能です。

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