
Deep Learning
ディープラーニング(深層学習)とは、システムが大量のデータを学習して、データ内から特徴を見つけ出す技術方法で、多層的(ディープ)に構造で考える方法です。
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こんにちは、ソリューションアーキテクトの宇佐美です。 2026年7月15日(水) に開催された「Neuron Community – 2026 Vol.1」の様子をレポートします。このイベントは、2025年3月に立ち上げられた「Neuron Community」の協力のもと開催しました。 今回は、 AWS Summit Japan 2026 開催後ということもあり、AWS Summit Japan の振り返りや、AWS Neuron のアップデート情報が多めの内容となっています。 Neuron Community とは AWS では、機械学習のトレーニングと推論のための高性能で費用対効果の高い機械学習アクセラレータ( AWS Trainium 、 AWS Inferentia )、および深層学習と生成 AI ワークロードを実行するために使用される SDK の AWS Neuron を提供しています。「Neuron Community」は、ユーザー間で AWS Trainium / AWS Inferentia / AWS Neuron の知見共有を促進する場として発足しました。 「Neuron Community」は、主に Discord を使用して運営されています。興味を持っていただいた方は、下記の URL から参加してみてください。 AWS Neuron Community (Discord) : https://discord.gg/DUx4g3Z3pq オープニング:Neuron Community の成り立ちとカラクリ社での Trainium 取り組み紹介 中山 智文 氏(カラクリ株式会社 取締役 CPO) 資料:後日公開 オープニングセッションでは、カラクリ株式会社の中山氏より発表していただきました。カラクリ株式会社は、2023年より一貫して AWS Trainium を利用し続けており、Neuron Community の立ち上げにも大きな貢献をしていただいています。この発表では、Neuron Community の始まりについて紹介していただきました。また、カラクリ株式会社の AWS Trainium に関する2つの取り組みについても紹介していただきました。1つ目の取り組みは、Amazon EKS 上に構築された 「Neuron 分散学習プラットフォーム」 です。このプラットフォームを構築することで、インフラ関連の知識が十分ではないメンバーでも分散学習を実行できる環境の整備を進めているそうです。2つ目の取り組みは、AWS Trainium の NKI カーネル開発を促進するための 「カーネル開発エージェント」 です。この AI エージェントにより、NKI カーネル開発をエージェントが自律的に進められるようになるということです。最後に、今後の Neuron Community の活動について、よりオープンな場にしていきたいという発信をしていただきました。 AWS Summit Japan 振り返り① セッションダイジェスト「⼤規模学習から AI エージェントの推論まで ~ コスト効率と性能が両⽴する AWS Trainium の全貌 ~」 澤 亮太 (Amazon Web Services Japan G.K.) 資料: “AI エージェントの推論から⼤規模学習まで” コスト効率と性能が両⽴する AI インフラ ̶ AWS Trainium の全貌 Amazon Web Services Japan G.K. の澤からは、 AWS Summit Japan 2026 の振り返りとして、「”AI エージェントの推論から大規模学習まで” コスト効率と性能が両立する AI インフラ ー AWS Trainium の全貌」のセッションを、15 分のダイジェスト版で紹介しました。このダイジェストでは、AWS Trainium の典型的な使い方として、 “A. コードはそのままで学習コストを下げたい” 、 “B. 性能を最適化したい” 、 “C. 推論コストを固定化したい” の3点に注目して説明しました。 A. では、 Native PyTorch support(ベータ版) を使い、GPU向けPyTorchコードのデバイス指定を cuda から neuron に変更して、AWS Trainium 上で学習を実行する方法を紹介しました。デモでは、GPT-2 の学習スクリプトを実行しました。B. では、 NKI (Neuron Kernel Interface) により AWS Trainium のハードウェア命令セットに直接アクセスして AI カーネルの最適化が可能であることを紹介しました。また、性能最適化とデバッグのワークフローを支援する Neuron Explorer、NKI の開発を AI エージェントで加速するためのオープンソースツールキットの “Neuron Agentic Development” についても紹介し、Neuron Agentic Development のデモを見ていただきました。C. では vLLM on Trainium を使うことで、オープンウェイトモデルをAWS Trainium 上でサービングできます。ここでは、openai/gpt-oss-20b モデルを AWS Trainium 上でサービングするデモを見ていただきました。 AWS Summit Japan 振り返り② ブース展示紹介「⽣成 AI を⽀えるインフラ技術」 赤澤 Toshinobu (Amazon Web Services Japan G.K.) Amazon Web Services Japan G.K. の赤澤からは、 AWS Summit Japan 2026 の振り返りとして、ブース展示「生成AIを支えるインフラ技術」について紹介しました。この展示は、複数のマルチモーダルモデルを Amazon EC2 trn2.48xlarge でサービングする様子を見ていただくもので、マルチモーダルモデルで画像の編集を行います。音声で画像編集の指示をすると Whisper Large v3 で音声認識を行い、Qwen3-VL-8B-Instruct で元になる画像を編集するための指示を生成します。指示は Qwen-Image-Edit-2511 に渡され、画像が編集されます。編集された画像は、Qwen3-VL-8B-Instruct を使って指示通りに編集できているかを講評し、XTTSv2 で音声出力します。この発表では、3匹の子猫のイラストを、4匹に増やすという画像編集の様子を見ていただきました。 また、このデモを実現しているアーキテクチャについての説明も行いました。4つのモデルのtrn2.48xlarge の 64 論理コアへのアロケーションや、モデルのデプロイフローなども説明しています。 AWS Trainium / Inferentia / Neuron SDK 最新アップデート 常世 大史 (Amazon Web Services Japan G.K.) 資料: Neuron Communit 2026 Vol.1 AWS Trainium / Neuron 最新アップデート Amazon Web Services Japan G.K. の常世からは、ちょうどイベント前日にテレビ東京の WBS(ワールドビジネスサテライト)で AI 向けアマゾン独自の半導体開発が特集 されたことに触れ、自身が所属するアマゾン内のチップ開発部隊「アンナプルナラボ」について紹介しました。Anthropic との共同プロジェクト Project Rainier では、これまでに 140 万個超の Trainium 2 および Trainium 3 チップが稼働中であること(WBS 内の特集にて紹介)、 OpenAI が 2GW 規模での Trainium 採用を発表 したこと、また従来のチャットボット型 AI からエージェント型 AI へとシフトする中で、AI チップに加え AWS Graviton プロセッサの重要性が増している点を紹介しました。 Meta が数千万の Graviton コアで Agentic AI をスケールしている事例 にも触れました。 次に、澤のセッションでも紹介された AWS Trainium 向けの SDK「AWS Neuron」のアップデートとして、ライブラリのネイティブ化(Native PyTorch、Native vLLM)の最新状況を紹介しました。 また、7 月 7 日にリリースされた最新の Neuron 2.31 では、性能最適化の要である NKI(Neuron Kernel Interface)と NKI Library に大きなアップデートがあった点、さらに NKI カーネル開発用のエージェントコーディング機能 Neuron Agentic Development によるカーネル自動最適化ループへの注力を紹介し、セッションを締めくくりました。 ※ イベント開催後の 2026年7月20日(月) に vLLM Neuron Beta がパブリックリリースしました! さいごに 通算3回目の Neuron Community は、カラクリ株式会社での AWS Trainium への取り組みの発表や、AWS Summit Japan 2026 の振り返り、AWS Neuron 関連の最新アップデート情報の紹介と、充実した内容となりました。AWS Summit Japan 2026 のセッション動画は、 AWS Summit Japan の Web ページ に登録いただくことでオンデマンド視聴が可能です。ご興味のある方は、ぜひ登録してみてください。 発表後には今後の Neuron Community についてのディスカッションも行われ、約 1 年ぶりの開催となったことを踏まえ、より高い頻度で開催していこうという声が挙がりました。AWS としても積極的に支援していきます。 今後の Neuron Community も、Discord を中心に募集や告知を行っていきます。興味を持っていただいた方は、ぜひ、下記の URL から参加してみてください。 AWS Neuron Community (Discord) : https://discord.gg/DUx4g3Z3pq 著者について 宇佐美 雅紀 (Usami Masanori) 製造業のお客様を担当するソリューションアーキテクトです。 製造業のお客様のクラウド活用を支援しています。 常世 大史 (Tokoyo Hiroshi) AWS Annapurna Labs のソリューションアーキテクトです。 Annapurna Labs が提供する AWS Trainium、Inferentia の技術支援に注力しています。
こんにちは。イノベーションセンターの加藤です。先日私たちのLLMベースJSON生成についての論文がニューラルネットワーク分野の国際会議IJCNN2026 1 に採択され、ポスター発表を行いました。本稿ではその発表内容を紹介します。 プレプリントはこちら: https://arxiv.org/abs/2605.13076 IJCNNについて LLMベースJSON生成 既存手法の問題点 提案手法 今後の方向性 IJCNNについて IJCNN(International Joint Conference on Neural Networks)は、ニューラルネットワークをはじめとするAI分野を対象とした主要な国際会議のひとつです。ニューラルネットワークの理論から応用まで幅広いテーマを扱っており、近年は深層学習や大規模言語モデル(LLM: Large Language Model)に関する研究も多く発表されています。 今年のIJCNN2026は、進化計算を扱うIEEE CEC(Congress on Evolutionary Computation)およびファジィシステムを扱うFUZZ-IEEE(International Conference on Fuzzy Systems)と合同で、IEEE WCCI(World Congress on Computational Intelligence) 2 として6月21日から26日にオランダのマーストリヒトで開催されました。 この合同会議は2年に一度開催される計算知能分野の大規模な国際会議であり、分野を横断した活発な議論や交流が行われました。 LLMベースJSON生成 LLMはチャットボットのように人間向けの文章を生成するだけでなく、その出力を外部のプログラムに繋ぎ込むことで、より高度なシステムを構築できます。近年注目されているLLMエージェントは、下図のように複数のLLMやツールを連携させて複雑なタスクを遂行しますが、こうした連携ではLLM同士やLLMとツールの間でやり取りされるデータが機械的に解釈可能である必要があります。 このような用途では、決まったスキーマに従うJSONをLLMに生成させることが定番の方法となっています。JSONはキーと値の対応が明確で、多くのプログラミング言語で標準的に扱えるため、LLMの出力を後段のプログラムに渡す際のインターフェースとして広く使われています。実際、OpenAI 3 やGemini 4 など主要なLLMプロバイダはStructured Outputという名称で指定したスキーマに沿ったJSONを生成するAPIを提供しています。 一方でLLMは元々自然言語でのやり取りを前提にデザインされているので、プロンプトで「JSONのみを出力してください」と指示するだけでは、余計な説明文が混ざったり括弧の対応が崩れたりして、文法的に正しくない出力となることがあります。そこで、プロンプトのような確実性のない手段に頼るのではなく、生成の段階で選択できるトークンの候補を適切に制限することで、出力を必ず目的のフォーマットに従わせる文法制約付き生成(Structured Generation, Grammar Constrained Generation)が用いられています。 一般的な文法制約付き生成では対象とする文法のパーサーを利用します。 各生成ステップにおいて、パーサーはそれまでの途中出力を部分的にパースして次に来ることが許される終端記号を教えてくれます。終端記号とは、文法においてそれ以上分解されない最小の要素のことで、JSONでいえば { や } といった記号や、 true や false のようなキーワードが該当します。パーサーの仕様によっては文字列や数などの記述も終端記号として扱われます。対して、オブジェクト {"key": "value"} や配列 [0,1,2] のように複数の要素から構成される概念を表した記号を非終端記号と呼びます。このようにして提示された終端記号の候補をもとにして有効なLLMトークンを判定します。 より詳細な解説は こちらの記事 をご覧ください。 既存手法の問題点 文法制約付き生成のアルゴリズムはさまざまなものが提案されていますが、既存の手法はどれも停止性が保証されていないという問題があります。 LLMは無限生成を避けるため、あるいは推論コストや応答時間を抑えるために生成するトークン数の上限( max_new_tokens 5 )を指定することがほとんどですが、この最大トークン数の指定を文法制約付き生成と併用すると、JSONを閉じきる前に上限トークン数に達してしまったとき途中で切れたJSONが出力されてしまいます。 これは既存手法があくまで文法的に正しい続きのトークンを選択しているにすぎず、最大トークン数に達する前に出力が完成するかどうかは考慮されていないことが原因です。 私たちの論文ではこの問題に対して、文法的な正しさだけでなく将来必要になるトークン数を意識した制約を導入し、最大トークン数に達する前に必ず出力が止まる制約手法を提案しました。 提案手法 上記の問題を解決するために私たちの提案手法が必要とするのは、次に有効な終端記号だけではなく、そこから出力が完成するまでに続き得る終端記号の列です。将来的に必要となるトークン数を見積もるには、この先どのような単語がどれだけ続くのかを把握する必要があるためです。 このような「続きとして有効な記号列」の候補数や探索のための計算量は文法やそれに対応するパーサーの複雑さに依存して変化します。 私たちは有効記号列の計算を効率化するために、JSONの定義をLL(1)文法と呼ばれる形式で記述し、それに対応したパーサーを採用しました。LL(1)パーサーは1つ先の終端記号を参照するだけで内部状態を決定でき、続きうる記号列も一意に決定できます。そうして得られた「あり得る続きの候補」と、あらかじめ前計算しておいた「各記号を実現するのに必要なLLMのトークン数」をもとに、将来必要になるトークン数の最小値を求めることで、最大トークン数に達する前に必ずJSONが完成するように生成を制御します。 実験ではJSON Mode Eval 6 というJSON生成のベンチマークを使い、厳しい最大トークン数制約下では提案手法が常に文法的に正しいJSONを出力することを確認しました。それに加えて内容の正確性という観点では、Beam SearchやMonte Carlo Tree Searchのようなより良い出力を探索する生成手法と組み合わせた場合に、既存手法では効果がなかったのに対し提案手法では精度が向上することを確認しました。 今後の方向性 前述のとおり、提案手法では文法的な正しさは保証できましたが、内容の正確性についてはBeam SearchやMonte Carlo Tree Searchといったサーチ手法を併用する必要がありました。しかし、これらのサーチ手法は計算量の高さが課題です。 ポスター発表ではその課題を改善するための方向性についてのヒントをいくつか得られたので、より頑健な文法制約手法を模索しようと思います。 https://attend.ieee.org/wcci-2026/ijcnn-2026-topics/ ↩ https://attend.ieee.org/wcci-2026/ ↩ https://platform.openai.com/docs/guides/structured-outputs ↩ https://ai.google.dev/gemini-api/docs/structured-output ↩ https://huggingface.co/docs/transformers/ja/main_classes/text_generation#transformers.GenerationConfig.max_new_tokens ↩ https://huggingface.co/datasets/NousResearch/json-mode-eval ↩
こんにちは! KINTOテクノロジーズ(以下、KTC)のAIファーストグループで、生成AIの活用推進を担当している和田です。 先日、JDLA(日本ディープラーニング協会)の資格合格者コミュニティ「CDLE」の業種別勉強会にお招きいただき、「個人の発見を、組織の知恵に」というテーマで登壇してきました。本記事は、その内容を再構成したものです。 https://jdla.connpass.com/event/393970/ 1. はじめに KTCはトヨタ自動車のグループ会社で、クルマのサブスク「KINTO」をテックの力で支える内製開発の会社です。 2023年の春、GPT-4とAPI版が出てきたタイミングで内製の生成AIチャットを立ち上げて以来、3年以上にわたって生成AIの活用推進を続けてきました。最近ではKTC/KINTOで培った技術力を、トヨタグループの各社へとアドバイジングや開発支援を通じた提供もしています。 その立場から国内の状況を眺めると、対照的な数字があります。生成AIを「導入済み」と回答した国内企業は57.7%^[ NRI「IT活用実態調査(2025年)」 ]。導入の壁は、もうほとんど越えられています。一方で、AIが利益(EBIT)に5%以上効いていて、かつ大きな価値を生んでいると答えられる企業は6%^[ McKinsey "The State of AI in 2025" ]。導入はしたが、成果を出していると言い切れる会社はまだ一握りです。 おそらくこの記事を読んでいるような、新しい技術への感度が高い方は、すでに仕事が大きく変わっているはずです。メールの下書き、議事録の要約、コーディング支援。少なくとも、これらを全てカタカタ手で打っている人は、かなり減っているのではないでしょうか。しかし問題はその先です。あなたの「周りの人」はどうでしょうか。個人としては価値が出ている。でも、組織としてはどうでしょう。今回のテーマは、個人の成果と組織の成果の間にある、この溝についてです。 2. キャズムのどこに手を打つか ― 今日は「B」の話 本題に入る前に、組織へ新しいものを広げるときのイメージを共有させてください。何度も見たであろう、キャズム理論^[ジェフリー・ムーアが提唱した、新技術の普及プロセスを説明する理論。利用者をイノベーター/アーリーアダプター/アーリーマジョリティなどの層に分け、層の間にある溝(キャズム)を越えることの難しさを論じたものです。]の図です。 新しい技術や文化を組織へ広げるときの手法。A・B・Cのどこに手を打つか これは生成AIの話だから持ち出した図ではありません。DXのときも、RPAのときも、新しい技術や文化を大きな組織に入れる場面では、いつもこの概念を使ってきました。 図にはA・B・Cという3つの矢印を描いています。それぞれが別の打ち手です。みなさんの組織は、いまどの矢印に手を打っているでしょうか。そしてご自身はどの層にいて、どの矢印ならコミットできそうでしょうか。そんなことを考えながら見てもらえればと思います。 A:イノベーターに自由を渡す。 新しいものは、放っておいても勝手に調べ、勝手に始め、勝手に実験してしまう人たちがいます。彼らにできる限り自由な環境を渡す。ただ自由なだけでなく、ガードレールを敷いて「ここでなら安心して遊んでいい」という空間にするのがAです。 B:キャズムに橋をかける。 イノベーターやアーリーアダプターが見つけた価値に、アーリーマジョリティ以降の人たちが追従できるよう、崖になっているキャズムへ橋をかける取り組みです。 C:後ろ向きな層を動かす。 配ってもなかなか触ってくれない、興味を持ってもらいにくい層に、どう使ってもらうか。ここに悩んでいる会社さんは、きっと多いはずです。 今日お話しするのは、このうちBが中心です。Bをやるには、その手前でAも回っている必要があるのですが、本記事では「見つかった価値を、キャズムの向こう側へどう渡すか」に軸足を置きます。 3. 価値創出の両輪 ― 探索と実装 組織で価値を出すには、2つの循環が要る、と私は考えています。 1つは探索。イノベーターやアーリーアダプターにあたる人たちが自由に価値を探せる環境を用意し、「この使い方は効く」という発見を生んでもらうフェーズです。もう1つは実装。見つかった0→1の発見を、組織に固定して10にも100にもするフェーズです。藪まみれの中をしらみつぶしに歩いてゴールを見つけるのが探索だとすれば、見つかった道を舗装して誰でも歩けるようにするのが実装です。 探索だけでは、個人の発見で止まります。IRレポートに載るようなインパクトは、個人技からは出ません。逆に、発見のない組織でいきなり実装(仕組み化)から入ると、舗装すべき道がどこにあるのか分からないまま工事が始まります。これらは両輪であってどちらが欠けても前進することはできません。 ここからは、KTCがこの両輪をどう回しているか、探索→実装の順でお話しします。 4. 探索:トークンマキシング ― 自転車の乗り方は、本では学べない 探索の打ち手の一つとして「トークンマキシング(Tokenmaxxing)」^[あるものを極限まで盛るというネットスラング "-maxxing" を、トークン消費にくっつけた言葉です。]を紹介します。社内のAIのトークン消費を、とにかく最大化する。価値創出はいったん脇に置いて、まず使う量を増やす施策群のことです。 なぜ価値創出にこだわると言っておきながら、消費量に注目するのでしょう。生成AIの正しい使い方は、机上で学べないからです。私はよく自転車の乗り方に例えるのですが、自転車の乗り方を本で学んだ人は、おそらくいません。補助輪をつけて、サポーターをつけて、河原で何度も転んで、身体で覚えたはずです。「AIにこう頼むとうまくいく」「これはAIには苦手だ」という感覚も同じで、試行錯誤からしか生まれません。だから、まずたくさん漕いで、たくさん転ぶことで、AIと効率よく協業する感覚が磨かれます。 トークンマキシングを構成する施策は、「消費を増やす施策」と「消費量を観測する施策」で構成されます。 消費を増やす施策の例としては「手作業コーディング禁止」があります。一定期間、人手でのコーディングを禁止して実装はAIエージェントに任せ、人間は指示と検証に集中する、というものです。コーディング界隈で広まった施策ですが、「手作業での資料作成禁止」のように事務系へのアレンジも利きます。 私自身は資料作成へのこだわりが強く、今でもつい手作業で熱中してしまう時があるのですが、最初の1割は人間が作り、そこから7〜8割まではAIに持っていかせて、最後にまた、人間のこだわりを入れるようにしています。何度も失敗しながら最近ようやくちょうど良いAIとの協業感覚を掴めてきています。 KINTOテクノロジーズで実施した手作業コーディングを禁止する施策「Vibe Coding Week」については、Findyさんによるインタビューブログでも取り上げていただきました。 https://jp.findy-team.io/blog/ai-casestudy/kintotechnologies_vibecodingweek/ もう1つの要素が観測です。増やしっぱなしではコストが爆発するので、誰が・どれだけ使っているかを可視化する。この文脈で有名になったのがMetaの「Claudeonomics」で、8.5万人超の従業員がトークン消費量でランク付けされ、上位250名にはRPG風の称号が与えられていたそうです^[ Fortune「A Meta employee created a dashboard so coworkers can compete to be the company's No. 1 AI token user」(2026/04/09) ]。KTCでも、Claude Codeのメトリクスを各ユーザーから収集し、個人と組織それぞれの使い方を分析する仕組みを動かしています。ツールは配ったけれどその後を見ていない、という組織は、まずここから始めるのを勧めます。 KTCで運用しているClaude Codeメトリクスのダッシュボード(数値はダミーデータ) 5. ただし、トークン消費はハック可能 ・・・ただしトークン消費量は、あくまで間接指標です。 たくさん使った≠価値が出た。実際、Metaの番付では、順位のためにAIを空回しして消費量を水増しする従業員が現れたという情報もあります。そりゃそうですよね。指標は必ずハックされます。入力量で成果を測るのは、印刷したページ数で文章の質を測るようなものなので、報酬や人事評価に直接ひもづけるのは慎重であるべきです。トークンマキシングは、短期的に組織のモメンタムを作る旗印としては効きますが、ずっと続けるものではありません。習熟が進んで消費が落ち着いてくるところまでがセットです。 消費量はあくまで間接指標。指標は必ずハックされる そしてもう1つ、この打ち手には賞味期限があります。これまでのコーディングエージェントの多くは月額定額、いわば携帯のパケ放題のような契約でした。「とにかく使え」が安心して言えたのは、この建て付けがあったからです。ところが課金体系は従量制へ動いています。 GitHub Copilotは2026年6月1日から使用量ベースの課金へ移行します し、他のエージェントも続々と後を追っています。 Uberが2026年のAI予算をわずか4か月で使い果たし、コーディングエージェントの利用に従業員一人当たりの月額上限を設けた という報道も出始めました。 従量課金の世界で大事になるのは、トークンマネジメントや最適化、つまり妥当なコストで成果を増やす考え方です。難しいのは、マキシングを経験しないまま従量課金に入ってしまった組織で、転んだことのないまま管理から始めることになります。もしいま手元に使い放題のプランがあるなら、それは最後のモラトリアムかもしれません。プランが生きているうちに、探索をやり切ることをお勧めします。 定額制(パケ放題)から従量課金へ。「とにかく使え」が言えた時代は終わりつつある ここまでが探索の話。次は、見つけた発見をどう組織に固定するかです。 6. 実装:発見をAgent Skillに固める ― 発見した本人に、文書化まで背負わせない どの組織にも、キャズムでいうイノベーターやアーリーアダプターにあたる人たちがいます。新しいものを勝手に調べ、勝手に試し、「この頼み方ならうまくいく」という良い使い方を見つけてくる人たちです。問題は、その発見が本人の中にしかないことです。 そこでKTCで今増えているのが、 Agent Skill です。Agent Skillとは、AIエージェントに特定タスクの「やり方」を教える再利用可能な手順書のことで、いつ何をするかを書いた指示書(SKILL.md)、手順とOK/NGの線引き、テンプレートやスクリプトといった参照ファイルを1つのパッケージにまとめたものです。属人的だったカンコツを取り出して、誰でも再現できる形に固める。暗黙知やワザを、Skillという形で全員に配ることができます。 Agent Skillは指示書・手順/判断基準・参照ファイルの3点セット KTCの例でいうと、トヨタグループには「物と情報の流れ図(物情)」という業務の可視化手法があるのですが、このドラフトをAIに作らせるSkillを固めて、社内に配布しています。先行する人たちの発見を、お湯を注げば誰でも食べられるインスタント食品に加工して配る、というイメージです。 一方でこうした探索の担い手は、新しい使い方を探すこと自体は好きでも、それを手順書に書き起こすことには関心が薄かったりします。であれば、横串の推進組織が本人のところへ出向いて、「文書化はうちらが代わりにやります」と引き受けてしまうのはどうでしょうか。発見した本人に、文書化の手間まで負わせる必要はないかもしれません。 7. 運用と文化 ― 「手でプロンプトを打たない」という逆説 Skillは作っておしまいではなく、運用が必要です。誰でもSkillを探して使える場所(Plugin Market)を作る。命名ルールを決める・・・検索できないSkillは、存在しないのと同じだからです。ブランチ名や関数名に払っている気遣いを思い出してください。あれと同じ気遣いがSkillにも必要です。ただ、Skillの命名規則のベストプラクティスはまだ世の中に整備されていないので、会社ごとに独自で決めてしまうのが有効だと思います。それから、定期的なメンテナンス。数か月で前提が変わる領域なので、古いSkillは放置すれば負債になります。 Skill運用を支える4つの仕組み(Plugin Market・命名ルール・定期メンテ・対象発掘) そして、そのメンテナンスをどう回すか。ここが地味に大変なところなのですが、KTCではSkillの保守そのものをSkillにしてしまうことを試しています。いわば、Skillを点検・整備するためのSkill群です^[公開されているmizchiさんの「 waxa 」を参考にしています。]。役割を分けた、4つのモードがあります。 検証する:書いたばかりのSkillを、まっさらな別セッションに白紙で読ませ、「ここが伝わらない」という曖昧さや暗黙知を炙り出す。 棚卸しする:Skill群ぜんぶを複数の観点で健康診断し、どれから手を入れるべきかのリストを作る。迷ったら、まずここから。 命名を整える:名前とdescriptionだけを命名規則に合わせて直す。何をするSkillか一目で理解でき、検索で見つかる状態を保つための整備になる。 本文を直す:古いSkill名やモデル名、URLといった陳腐化した参照を、機械的に一括置換する。 コツは、各修正のポリシーきっちり分けて、1つのセッションに何もかもやらせないこと。さきほど「検索できないSkillは存在しないのと同じ」と書きましたが、その状態を保つ作業自体を、人間の根性ではなくSkillに肩代わりさせるわけです。運用とは、こういう地味な仕組みの積み重ねなのだと思います。 Skillの保守そのものをSkillにする。役割を分けた4モードで運用を回す(参考: mizchiさんのwaxa) 文化の面では、事例共有会や勉強会といった地道な取り組みを続けてください。「こんな効くSkill作ったぜ」を見せ合う場は、評価制度ではなく、つい誰かに見せたくなる気持ちで回り始めます。地味ですが、文化醸成はこういう積み重ねでしか進まないと思っています。 最後に1つ、逆説的な話を。個人の仕事を組織の仕事にする上で、プロンプトエンジニアリングのスキルが邪魔をすることがあります。個人が勘とコツでプロンプトを丁寧に調整し、エージェントをいい感じに動かすのは、良いようでいて横展開が非常にしにくい。プロンプト頼みの業務は、それ自体が属人化です。なのでKTCでは最近、組織の仕事にする場合は手でプロンプトを打つのをできるだけやめて、スラッシュコマンドやSkillの呼び出しだけで完結させることを推奨しています。上手に打てる人ほど、打たない。妙な話ですが、組織化とはそういうことだと考えています。 なお、ここまでの打ち手は、KTCがクラウド・AI領域で新しいことに踏み込みやすい立場にある、という前提と切り離せません。新しいことを試し、うまくいったものを少しずつ周囲へ広げていく——そんな意識で取り組んでいるので、キャズムでいう上位層に意識的に時間を寄せています。どの層にどれだけ時間をかけるかのポートフォリオは、自社の立ち位置や方針に従って決め、経営層と握っておくのが筋だと思います。 8. まとめ ― 個人の発見を、組織の知恵に 「個人の発見を、組織の知恵に」今回お伝えしたかったのは、結局この一行です。探索のフェーズでは、トークンマキシングでたくさん試して、転ぶことを恐れない。正しい使い方は、試行錯誤からしか生まれないからです。実装のフェーズでは、発見をAgent Skillのような形に固め、誰でも再現できるようにして配る。そして、仕組みと文化で回し続ける。 探索→実装→仕組み・文化。個人の発見を、組織の知恵に G検定やE資格を持っているような方は、すでに一本のスペシャリティがある状態です。AIは自力にレバレッジをかける道具なので、自力が10の人と100の人では、掛けた後の差がまるで違います。ご自身のドメイン知識と、資格を通じて学んだ知識と、生成AIやAIエージェントを掛け算して、まずはたくさん転ぶところから。そして、転んで見つけた発見を、ぜひ組織に配ってください。 ここまで読んでいただき、ありがとうございました! あなたや周囲の人の発見が、組織の知恵になっていくことを願っています。
























