イオンのグループ企業の開発部長が語る、次世代オンラインスーパーとキャッシュレス決済の取り組み
最先端プラットフォームを活用し、次世代オンラインスーパーを立ち上げる
イオンネクスト株式会社 IT部長 駒場 光徳氏
最初に登壇したのは、イオンネクストでIT部長を務める駒場光徳氏だ。2000年にイオンに入社後、現場を経て物流システム、データ連携基盤等を担当。2016年からイオンのDX関連のプロジェクトに携わってきた。現在はイオンネクストのIT部長として、イオンの次世代オンラインスーパー事業をリードしている。
イオンネクストは、2019年に英国のOcado Solutions社と戦略的なパートナーシップを締結。Ocado社が開発したピッキングロボットやソリューションを活用し、2023年に次世代ネットスーパー事業を開始すべく、準備を進めている。
小売業界で長きに渡りグローバルな活躍をしてきた、バラット・ルパーニ氏をCEOに招聘。さらにRedHat、Google、楽天を経て、RettyのCTOとしても活躍してきた樽石将人氏がCTOに就任し、Ocado社の最新技術だけでなく、ビジネスの進め方や開発体制などにおいても、グローバルの潮流を取り入れようとしている。
「トラディショナルな雰囲気を持つイオングループに対し、イオンネクストはスタートアップに近い雰囲気を持っています。メンバーも外国人が多く、まさしくダイバーシティ。オープンでフラットな環境のもとで、ITも、事業そのものも開発を進めています」(駒場氏)
イオンネクストが掲げるビジョン、ミッション、バリューには「お客さま第一主義」とともに、「実験意欲」「革新性」「チャレンジ精神」といったフレーズも並ぶ。スタートアップのような雰囲気とカルチャーを大切にしているのだと、駒場氏は強調する。
2023年開業予定の次世代ネットスーパーの特徴は、CFC(顧客フルフィルメントセンター)と呼ばれる大型自動倉庫を中核に、仕入れから保管、輸送、ラストマイルの宅配まで、すべての工程においてイオンが携わる。まさに一気通貫、E2Eなビジネスモデルである。
CFCを有することで、一般的なスーパーの品揃えが1万SKU(Stock Keeping Unit/在庫保管単位)なのに対し、イオンであれば5万SKUと、5倍もの品揃えとなる。加えて、Ocado社が開発した専用のコンテナやそれを前提とした配送車両を活用することで、鮮度を保ったまま商品を輸送することができる。
さらに、ラストマイルの宅配においてはAIが自動で最適なルート設定やドライバーのアサインを行うために、24時間スピーディーに客の元に確実に届けるためのシミュレーション計算を行っている。
1つ目のCFCは千葉県誉田に建設中で、すでに外枠の工事は終わっている。現在はOcado社が開発した自動で商品をピッキングする大量のロボットを搬入したり、内装工事を進めている段階だという。
東京の西部八王子にも2つ目のCFCの建設計画があり、次の候補地も探している段階で、顧客の利用状況などとも照らし合わせながら、関東全域、さらには全国展開を計画している。
戦略パートナーとなるOcado社は英国内限定で食料品/日用品を中心としたオンラインスーパーマーケット事業を展開しており、英国では知らない人がいないほど有名かつ、顧客から支持を集めている。
「Ocado社は、Ocado Smart Platform(OSP)と呼ばれるオンラインスーパーマーケットの技術開発に取り組むOcado Solutionsという会社を設立し、技術開発を進めています。私たちはこのOcado Solutionsと提携しています」(駒場氏)
ピッキングロボットなどの技術をOcado社から取り入れながら、イオングループがこれまで培ってきたデータアナリティクスやテクノロジーなどのアセットも活用することで、シナジーを生み出していく。
また、Ocado社は日本でイオンと提携したように、グローバル各地のメジャーな小売事業者とも同様にパートナーシップを結んでいる。締結先の小売事業者が集まり、OSPクラブなるコミュニティを結成している。
クラブでは3カ月に一度はコミュニケーションを行い、OSPの技術的な質問はもちろん、ビジネスの根幹である小売事業者としての需要予測の状況や現在の課題、解決方法なども共有。デジタルに限らず、さらなる成長を皆で目指している。
駒場氏はシステム全体のアーキテクチャやデータのフロー図も紹介した。
基本的な考えや設計としては、イオンが持つ顧客や商品マスタ(情報)ならびに各種基盤を活用し、そこにOSPなどの新しいシステムを繋げていく。
接続はAPIが基本で、足りないシステムがあれば、こちらも基本はインハウスで開発する。稼働後はもちろん、OSPで得たデータもイオングループの共通基盤に連携される。
「既存の巨大なシステムにOcado社などの新しいシステムを連携していくのが、イオンネクストのシステムアーキテクチャと開発の特徴です」(駒場氏)
現在の開発チームは11名。DevOpsチームなどもあると、チーム構成図も紹介した。現在はミドルウェア、API領域の開発に注力していることもあり、他領域のエンジニアやメンバーも積極的に迎え入れたいと述べ、セッションを締めた。
サイバーセキュリティ対策・キャッシュレス推進の取り組み
イオンクレジットサービス株式会社
システム本部 システム開発統括部 決済システム部長 高橋 潤氏
続いて登壇した高橋潤氏は2002年に中途入社以来、システム開発とインフラセキュリティの対策実装に従事。サイバー分野の内製化や、サイバーセキュリティ対策を牽引してきた。
2020年にOAインフラ環境を一新し、金融グループ会社のリモートワーク環境整備を加速した。システム基盤の更改プロジェクトとして、仮想基盤へのアーキテクチャ統合や決済インフラの基盤開発を担当している。
高橋氏は、まずイオンクレジットサービスの事業内容や特徴について紹介した。同社はキャッシュレスサービス、ローンサービスも含めた各種クレジットサービスなど、イオングループ内の決済サービスを担っている。代表的なサービスは「AEONPay」「イオンウォレット」「イオンカード」である。
イオンは全国各地に店舗を展開しており、年間の来客数は14億人以上と顧客基盤が膨大なため、各種サービスの利用者も桁違いである。
イオンカードでは3000万人以上、イオンウォレットが約600万人、2021年の12月にリリースしたばかりのAEONPayでも、すでに50万人以上が利用している。
当然、システム基盤も数はもちろん充てる予算なども、膨大なボリュームとなっている。2002年にキャリア入社した高橋氏も、まずはこの規模感に驚いたという。
「入社して数年後、生体認証システムを全国すべての事業所に導入するプロジェクトに携わりました。改めてイオングループの規模感に驚きました。プロジェクトの大きさについては、ローンチ後にメディアで紹介されるほどでした」(高橋氏)
イオンカードでは優位性を確保するために、さまざまな取り組みを行っている。その中から代表的な5つが紹介された。
1.セキュリティ強化
EMOTETなどのマルウェアによる情報漏洩、不正アクセス、フィッシング詐欺、サイバー攻撃など、サイバーセキュリティの脅威が年々高まっている。特に、EMOTETではクレジットカード情報が漏洩される被害も出ていることから、対策が必須となってきた。
同社では、このようなサイバー攻撃に対し、いわゆるサイバーチーム、CSIRT(Computer Security Incident Response Team/シーサート)を2016年から基本内製メンバーで結成し、対応を強化している。
メンバーは国が定めた法律やガイドラインの勉強にも前向きで、協議会などにも積極的に参加。業界の最新知識などにも触れることで、より高いセキュリティの実現を目指している。
2.デジタル基盤の構築
カードやデジタルウォレットの利用状況や明細、残高、ポイントの確認などを、Webやアプリ上で簡便に行えるデジタル基盤の構築に対しても、イオンではいち早く着手、同社がその役割を担ってきた。
イオンウォレット、イオンカード、WAONカードなど、他サービスのデジタル基盤や統合基盤などとも、APIを介して連携することで、市場ニーズへの対応力の強化を図っている。
クラウドへの移行はすでに完了しているが、バックシステムとの統合や機能追加は現在も継続している。こちらでも内製で50名、外部の協力者100名と、かなり大規模な開発や改修業務などが進められている。
3.新規クラウド基盤の構築
デジタル基盤も含め、これまではオンプレが中心であった基盤をクラウドに移行する取り組みは2018年からスタートした。
OSやサーバーを個別に設けていた個別基盤を、仮想化ソフトウェアであるハイパーバイザーを使うことで、サーバーを共有化。いわゆる仮想基盤に置き換えることで、品質の向上ならびにコストの削減を目指す。
年間20システムほどの移行が進んでおり、現在はかなりのシステムが仮想基盤に移行しているという。現在はOSも共通化することで、さらなるコスト削減、品質向上を実現するクラウド・コンテナ基盤への移行を計画している。
4.次世代オーソリシステム基盤
店舗やWebなどで利用されたクレジットカードの承認を行うオーソリ(オーソリぜーション)を担うシステムも、トラフィックの増加などにより、現在の構成やスペックでは対応が難しくなってきたため、2021年に更改した。
サーバーを上位機種とすることで、国内でもトップクラスのトランザクション処理性能を有するシステムに刷新された。
一方で、オーソリシステムにおいてもクラウド化を検討しており、今年中に構想をまとめ、来年からは実際にプロジェクトをスタートさせる予定だ。
5.プロダクトアウト推進
これまでのウォーターフォール型の開発スタイルから、2022年の4月にアジャイル型の開発チームを新設。特に小規模なサービスやシステムなどにおいては、アジャイル開発で取り組むことで、プロダクトアウト型の開発を進めていく。
多くのシステムを抱えているからこそ、開発手法も同様に柔軟かつ多様化していくことで、スピーディーな開発を目指している。
システム部門のメンバーは全員で約170名。それぞれのチームが自分たちの業務だけでなく他チームのことも助け合う文化が、イオンには根付いていると、高橋氏は強調する。
中途入社のメンバーに対しても同様で、教育や表彰制度なども整っている。中途入社者の比率は高く、お互い協力し合いながら、目の前のプロジェクトを確実に実行している。
「イオンでは開発案件が目白押しなので、チャレンジングな環境が心地よい人にとっては最適だと思います。イオンの顧客基盤を使ったインフラ構築を、ぜひ私たちと一緒に構築してくれるメンバーを求めています」(高橋氏)
【Q&A】参加者からの質問に答える質疑応答セッション
2人の登壇者が視聴者からの問いに答えるQ&Aセッションも設けられた。
Q.いま抱えている一番の技術課題とは?
駒場:最先端技術で開発を行っている英国のOcado Solutions社との協業において、開発スタイルや技術スキルのギャップ、言葉のコミュニケーションに課題を感じています。
高橋:トランザクションの量が半端でないため、レイテンシーをいかに防ぐかに注力しています。デジタル・クラウドシフトはその一環でもあり、その分野に強いパートナー企業への相談も行っています。
Q.ネットスーパー事業の全フローを自社で行う理由は?
駒場:ネットスーパーでは、お客さまとのコンタクトの場面がコールセンターとラストマイルの宅配の2つしかありません。この貴重な接点をイオンの従業員が行うことで、イオンならではの接客はもちろん、お客さまからさまざまな情報を得ることができます。実際、グローバルパートナー各社も、自社ですべてのフローを担っています。コストはかかりますが、ここは投資すべきポイントであると考えています。
Q.イオングループで活躍するエンジニアの人物像、求められるスキルとは
駒場:イオングループはチームワークを大切にするカルチャーがあるため、チームワークを意識しながら仕事を進められる人、自分の担当業務以外の領域にも積極的に踏み込んでいける人を求めています。技術や事業ドメインのスキルや知識は、入社してから徐々に身につけてもらえば問題ありません。
高橋:チームワークを高めるためには、やはりコミュニケーションスキルが重要です。業務上のコミュニケーションにおいて、的確に伝えることやスピーディーに行えることが重要だと考えます。また、新しい発想をもってチャレンジする精神で臨める方も大歓迎です。