産学官の近さが仙台の強み。 仙台市主催のX-TECH推進プロジェクトが成功したワケ
<プロフィール>
小池伸幸 仙台市産業振興課
2020年より産業振興課。地域のIT産業の振興や、地域の企業のDX支援を担当。
竹川 隆司 株式会社 zero to one(ゼロ・トゥ・ワン)代表取締役CEO
仙台に本社を置く、AIやデータサイエンス分野を中心として産学連携で教材開発・提供を行う教育系スタートアップ企業。仙台市と協働し地域のDX人材育成に取り組む。
IT企業が多く集まる仙台市の課題に着目
―まず、X-TECHプロジェクト発足のきっかけを教えてください。
小池:プロジェクトの立ち上げは2018年まで遡ります。当時は首都圏を中心に、大手企業とIT系スタートアップのコラボレーションによるオープンイノベーションが盛り上がっていたタイミング。その流れで、地方自治体でも積極的にX-TECHを推進していこうという機運が高まり、仙台市でもプロジェクトが始まりました。
また、仙台市は全国の中でもIT企業が比較的多くある地域です。大手企業の支社なども含め、IT企業の総売上は全国トップ10以内に入ります。そういった背景もあり、X-TECHプロジェクトに力を入れることが決まりました。
―zero to one との協業はどのように始まったのでしょうか?
小池: 2020年コロナ禍の影響で、デジタル技術を活用し、新しい挑戦をしたいニーズがIT業界以外の企業にも一気に広がりました。企業が主体となって技術開発をする流れが進んだことで、地域企業でもデジタル技術を活用したビジネス創出をしていかなければならない状況でした。
そこで、地域に拠点があってデジタル関連の人材育成やビジネス創出に知見があるzero to oneさん、そして首都圏で同様の経験があるパーソルさんと一緒にプロジェクトを進めることになりました。
―仙台市は他の自治体よりもX-TECHに注力されている印象があります。
小池:そうですね。仙台市に拠点を置くIT企業は、全国的に見ても成長企業が多いと言われています。だからこそ、受託開発でも付加価値が高い開発が必要ですし、自らサービスを生み出す多様な取り組みも必要です。行政としてもそこをいち早く支援していきたいという考えがありますね。
竹川:仙台はIT企業に限らず大企業の拠点が多い場所でもあります。一方で地元のAI人材は不足しているという課題もありました。例えば、ディープラーニングに関する「G検定」「E資格」という資格の保有者数が、2020年時点では全国で20位前後。IT企業の多さとギャップがあったのです。逆に、この分野の人材育成に力を入れれば、デジタルで戦う産業構造ができあがるはず。私たちが地元企業だからこそ感じる仙台の強みと、仙台を俯瞰して見た時に出てくる課題をかけ合わせ、最も必要と感じたデジタル人材育成に注力した3年間でした。
地域の事業者がX-TECHを「自分ごと化」してくれている
―X-TECHプロジェクトでは「AI人材人数 地方都市No.1」「X-TECH活用事例 30件」「X-TECH 仙台モデルの実現」という具体的な目標がありました。どのように設定したのでしょうか?
竹川:仙台市は、経済成長戦略の軸の一つにX-TECHを置いています。そういった仙台市の意向も踏まえ、地域を巻き込んだ取り組みをしたいと思い、この目標を立てました。
特に弊社でこれまで社会人中心に教育を重ねる中で、具体的な目標があった方が人は動くと感じていたので、数値的なKPIにしています。例えば「AI人材人数」は、G検定とE資格の合格者数全国順位を追っています。一方「X-TECH 仙台モデルの実現」のような定性的な目標も掲げています。こういったプロジェクトは行政の支援だけでは継続が難しく、持続可能なビジネスモデルを創出しなければなりません。参加者自らX-TECHにより経済価値を上げ、人材投資もできるという自発的なエコシステムの実現を目指しています。
―当初の目標に対して、現時点での達成度は?
竹川:おおむね順調に推移しています。G検定とE資格の合格者数全国順位はトップ10入り間近です。3年間で大きな躍進だと感じています。
本プロジェクトでも重要視していた「X-TECH活用事例」は、プロジェクトの報告会として行っていた「仙台 X-TECH イノベーションアワード 」を通し、当初2年間で既に30件を超えるアイデアを創出しました。ただし、まだ実装レベルではばらつきもあるため、今後はデータ集め含めて実装を進め、ビジネスモデルとしても成長させていく必要があります。
そのため「X-TECH 仙台モデル」に関しては、現在も目標達成に向け継続中ですし、今後もより良い形を模索し続けるべきなのだと思います。特に、今後は地元企業のアイデアと人材をしっかり活用し自発的に継続するモデルづくりや、地域主導の先行事例を作っていきたいです。
小池:X-TECHプロジェクト発足時に、我々行政側が最初に設定したアウトカムは2点あります。この地域でデジタルを切り口とした新事業創出にチャレンジする企業を増やすこと。そして、既存の事業を改善し、高収益化に挑戦する企業がもっと増えることでした。
この目指すべき状態を、zero to one さんが数値目標に落としていただき、具体的にプロジェクトを進めてきました。3年経ってみて、我々が目指していた成果は着実に達成できていると感じています。
特にX-TECHの先頭を走ってくださる人材はかなり増えてきています。そして、地域の事業者の中で「X-TECHは自ら取り組むもの」という機運も高まっています。かなり「自分ごと化」してくださっているので、行政から支援が必要な場合は、事業者側から具体的に提案してくれます。
竹川:たしかに、X-TECHプロジェクトに参加した方々主体でX-TECHの推進を始めてくれていますよね。
例えばKPIの一つである「AI人材人数 地方都市No.1」を達成するためには、数百人規模での資格取得が必要です。仙台市が主体で数十人ずつ資格取得を支援するだけでは足りない部分が確実にあります。
それが現在は、地域の大学が自ら学生のG検定やE資格取得に向けて学修支援する取り組みを始めていますし、他の地元企業さんでも自らDX推進計画の目標を立てて資格取得に取り組んでいます。有志で勉強会を開催するという事例も出てきています。
X-TECHプロジェクトがきっかけとなりコミュニティができて、自発的な取り組みが広まってきている良い状態にいると感じています。この流れができたことで、AI人材地方都市No.1も本当に実現できるのではないかと感じます。
産学官が適切な距離で、共創型でプロジェクトを進める仙台市
―ここまで順調にプロジェクトは推移していますが、その理由は?
小池:産学官の距離感がちょうど良いという仙台市の特長が、結果に結びついているかと思います。例えば、X-TECHプロジェクト立ち上げ時から、地域の大学や、地域のプレイヤーである竹川さん、さらには首都圏のパーソルさんにも相談ができていました。またプロジェクトを進める中でも、地域の経済同友会を筆頭に、業界団体の方々やベンダー企業の方々とも意見交換をしやすい環境でもあります。
近すぎず遠すぎない距離感でステークホルダーの皆様へ相談できたことは、成功の要因として重要なポイントだと感じています。
竹川:その通りだと思います。やはり、「知」が集積されている大学、それをビジネスにする産業界、それを支援する行政というかたちでそれぞれの特長や強みを融合し、初めて社会的に大きな成果が実現できるものです。
今回、皆さんが基本的に30分以内の場所に集まっていたという点も、心理的な距離が近くなりましたよね。「何かやろう」と立ち上がった時に、自然と人が集まり、コミュニケーションが取れる体制は、仙台という土地柄の大きな強みだと思っています。
また仙台市は、民間の活力を上げるための柔軟性もあると感じます。
というのも、自治体主導のプロジェクトは、一般的には仕様がかなり細かく決まっており、弊社のような企業はあくまで事務局として言われた通りに動くケースも多いのかなと思います。そうなるといくら産学官の距離が近くても、産学が強みを活かしづらくなってしまいます。
今回、仙台市とは「共創型」とも言える形でプロジェクトを推進できました。もちろん行政としてのアウトプットのこだわりや定義は守りつつ、そこに至るプロセスは柔軟に一緒に考えていただけた。そのため、我々の主体性が高まる。世の中の流れが激しい時、こうしたアジャイル型の推進をした方が成果が出ると感じます。
X-TECHプロジェクトをきっかけにした、ビジネスの連鎖を生みたい
―今後、仙台市としてどのようにX-TECH推進をしていきたいですか?
小池:X-TECHの取り組みに追従してくれる事業者さんが続々と増えてほしいと思ってます。
ここ1〜2年ぐらい、私自身「これはX-TECHプロジェクトがきっかけです」と、よく発言した実感があります。例えば、X-TECHプロジェクトを受講した宮城県の職員が有志となり宮城県の職員内で資格取得を広めてくれたり、X-TECHプロジェクト参加者が「まちテック」という商店街活性化のプロジェクトを発足したり。さらに今後、それらをきっかけに新たな取り組みも生まれるかもしれません。X-TECHプロジェクトという「種」からきっかけの連鎖が起きていくと、地域として非常に強くなるのではと思っています。
竹川:まさに先日、「まちテック」チームからさらに新たなチームができて、内閣府の調査事業としてWeb3で商店街活性化を目指す実証実験も始めましたよね。また、仙台X-TECHイノベーションアワードでも発表してくれた、高校生がAIを学ぶ学校横断の部活動「やまがたAI部」の取り組みを参考に、宮城県の高校生向けAI人材教育も始まりました。いまや高校生にまでX-TECH推進の裾野が広がっています。
このようなケースを増やし、他の自治体も真似したくなるようなビジネスとして実装化して、「X-TECH 仙台モデル」を実現していきたいと思っています。