【オープンイノベーター列伝/加藤由将】このままでは「ヤバい」日本、渋谷をグローバルなイノベーション拠点にしたい。
イントレプレナーとしてアクセラレータープログラムを企画し、ベンチャー企業と共創しながら新たなビジネスを創造している加藤由将氏。東京急行電鉄株式会社に入社して経理などを中心としたバックオフィス業務に携わった後、新規事業の立ち上げにアサインされた。以来、イノベーションと深く関わりを持つようになる。現在、東急グループという大きな母体を動かしながら、オープンイノベーションに取り組んでいる。
■成長と衰退の岐路にある日本に寄与したい。
イントレプレナーとして新規事業の0→1を経験した加藤氏。事業を手がける中で自分には足りないものがあると感じたと話す。「社内で新規事業を立ち上げる時に、事業収支や経営企画を作っていくノウハウが必要だということでアサインされたんだと思います。コンセプトデザイン、業務提携などを実施して、実際に現場にも立ちました。オペレーションをしてキャッシュを得た経験は大きかったのですが、新規事業の立ち上げをアカデミックに理解してもっと良いサービスを創りたいと考えたんです」。
そこで大学院に通い、MBAを取得した。「MBAではスキルも学びましたが、マインド面の学びの方が大きかったですね。マクロな視点で日本を見て『ヤバいぞ』と感じました。何かやらないといけないという焦燥にかられたんです」。
さらに加藤氏は、今の日本は成長と衰退の岐路に立っていると話す。「日本のGDP総額は世界第3位となっていますが、GDP成長率では他国に圧倒的な差をつけられている状況です。このまま放っておけば衰退へと向かってしまうことを懸念して、政府も日本再興戦略を打ち出しています。イノベーションを促進するグローバルなイノベーション拠点を形成することが国家的な課題であるが、一方、日本においては大企業が産業のチャネルを抑えすぎていて、ベンチャーが成長する余地が少ない。それでいて、大企業は外部環境の変化に対応しきれておらず、新たな手法で活路を見出す必要があります」。これらの課題解決を自らのミッションに加藤氏は掲げている。
■東急のリソースを活かしながらベンチャーを育成、共存共栄を考えた。
加藤氏は、キャッシュを生む一つの新規事業を立ち上げるのではなく、直接キャッシュは生まないが複数の事業を育てるプラットフォームを立ち上げることを選んだ。「東急のリソースを使ってベンチャーの成長を促す、共存共栄ができないかと考えたんです。大企業が機動的に新しいことを生み出すのは非常に困難です。大企業は既存のリソースを活用して新規事業を考えようとするので過去の提案と似ているものが多く斬新さに欠ける、しかも、何かをやろうとしたらものすごく時間がかかります。ベンチャーのクリエイティビティとスピード感を組み合わせれば、今の時代に合った斬新な価値の創造が出来るのではないか」。
しかし、最初はどのようにベンチャーと事業共創を行ったらいいのか、いい案が浮かばなかった。「ベンチャー業界は金余りになっていて、事業メンタリングを行う人もすでに多くいます。単純にビジネスコンテストを開催しても喜ばれません。何か事業会社らしい支援を行えないかと指摘されました。その点、東急はとてつもなく事業領域が広く、リアルなアセットや多くの顧客接点を持っています。これは、ベンチャーにはないリソースで、グループ内に閉じ込めるのではなく、ベンチャーに開放したらものすごい事業共創ができるのではないかという思いに至ったんです」。さらに、グループ会社の既存事業のイノベーションも図れるのではないかと考え、アクセラレータープログラムを提案。上司の理解も得られて、2015年に本格始動した。
■社会への貢献を果たしながら、会社の発展につなげたい。
アクセラレータープログラムの大きな狙いは、渋谷という都市の発展だ。インフラのみならず、不動産開発やライフスタイル系のサービスを提供することで、都市空間を創るいかにも東急らしい発想、東急だから実現できることと言える。「渋谷の再開発に合わせてベンチャーエコシステムを構築し、様々なサービスやプロダクトの可能性を検証する実験・研究都市としてプレゼンスを発揮したいと思っています。渋谷がグローバルなイノベーション拠点となれば、ヒト・モノ・カネ・情報が流れ込んでくるはずです。同時に、日本のイノベーションが海外に出ていくというイノベーションのインバウンド・アウトバウンドを繰り返せるようになれば、ベストです。オープンイノベーションをきっかけにエコシステムを作り、新たなサービスを沿線に提供すれば生活利便性が向上しますよね。それによってベンチャーが成長すれば雇用が生まれ、経済が活性化し、GDPが上がっていくのではないかと。そうなることを目指しているんです」。
その実現のため、イントレプレナーとして活動を広げている。「会社のために働くのではなく社会のために働いて、結果として会社が潤うということをしたいんです。”会社のため”を優先させると、社会の協力は得られませんから」。
■ベンチャーへの理解、上司の理解を得ることは必須。
アクセラレータープログラムの企画から実施、運営まで手がけている加藤氏だが、ここに至るまでには、もちろん、多くの軋轢や抵抗があった。想定外のものとしては、ほぼ同時期に検討されていた社内起業家育成制度を挙げる。
「同制度は社内で新規事業を立ち上げるためのクローズドイノベーションであり、敢えて外部と一緒に行うオープンイノベーションは不要なのではないかという意見が出ました。でも、イノベーションには内と外、両側面の刺激が必要で、そうすることがクローズドイノベーションにとっても有用だと説明しました」。事実、社内起業家育成制度に積極的な社員であればあるほど、オープンイノベーションへの理解も深く、協力・協業が生まれやすいそうだ。
「そもそも、多くの人はベンチャーについて知識がありません。ステージや業界が異なればまったく違うことも知らないんです。東急という大企業でも十分に協業できる企業があることを強調して、アクセラレータープログラムのスタートにこぎつけました。私の場合は、直属の上司が非常にイノベーティブだったという幸運もあります。若手を中心に、中間管理職の理解を得られないため、イントレプレナーとして身動きが取れないということも少なくないようです」。
東急がオープンイノベーションを推進することは実は東急グループの創業期にM&Aを活発に行っていた動きと本質は似ているのではないか。お話をお伺いしながら、加藤氏からは会社、日本全体を見る視点の高さと、何よりイノベーションに対する熱意を感じた。
■取材後記
単純なことだが、熱意がないとオープンイノベーションは行えない。オープンもイノベーションも、どちらかと言えば、大企業が苦手とすることだ。中途半端な気持ちでは、動かせるものではない。加藤氏は上司に理解があることを運が良かったと語ったが、企画が未熟と却下されたことも少なくないという。アクセラレータープログラムは「これでもか」と出した渾身の提案だったとのことだ。日本の危機を感じ、イノベーションへと突き動かされた加藤氏。幸運は情熱が呼び寄せたものだと思う。 (構成:眞田幸剛、取材・文:中谷藤士、撮影:とみたえみ)