トヨタとNTTグループが「コネクティッドカーICT基盤」実証実験の成果を語る!
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登壇者プロフィール
トヨタ自動車株式会社
コネクティッドカンパニー
コネクティッド先行開発部 InfoTech 室長 前田 篤彦氏
商品企画、生産技術、システム開発業務などを経験。現在はコネクティッドカー領域のクラウド・ネットワーク・データ解析関連の研究開発マネジメントに従事。2016年よりNTTグループとの協業プロジェクトに参画。
トヨタ自動車株式会社
コネクティッドカンパニー
コネクティッド先行開発部 InfoTech 主任 高橋 克徳氏
中途でトヨタ自動車に入社。車載ECUの先行開発から号口開発まで経験後、2017年に現部署へ異動し、コネクティッドカー領域の基盤開発、技術戦略などに従事。本プロジェクトでは、トヨタ側の実証実験リーダーとして活動を推進。
日本電信電話株式会社
研究企画部門 プロデュース担当 担当課長 小泉 敦氏
株式会社NTTデータにてシステム開発や経営企画、NTTデータ経営研究所にてコンサルティングに従事。現在は日本電信電話株式会社へ転籍し、コネクティッドカー分野における研究開発を推進。
株式会社NTTデータ
製造ITイノベーション事業本部 第五製造事業部
コネクティッド統括部 第一開発担当 部長 千葉 祐氏
新卒でNTTデータ入社。R&D部門を中心に、金融、小売、サービス業などの顧客を担当。2018年より、本プロジェクトに参画し、コネクティッドカー領域のR&Dに従事。
NTTコミュニケーションズ株式会社
ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部
スマートモビリティ推進室 担当課長 野地 亮介氏
Web系システムのSIやビッグデータ処理基盤の開発、技術戦略の仕事を経て、現在スマートモビリティ推進室にてコネクティッドカー用基盤ソリューションの開発を推進。
スマート社会の実現に向け、トヨタとNTTグループが協業
最初に登壇したトヨタ自動車(以下、トヨタ)の前田篤彦氏、日本電信電話の小泉敦氏は、まず共同研究を始めた経緯について紹介した。「IoT機器が普及し、社会の様々なインフラとの連携が進んでいます。コロナ禍でオンライン業務が浸透し、社会におけるIoTの普及は今後も拡大していくでしょう。モビリティにおいても、コネクティッドカーの台数は、確実に増えていきます。トヨタに限らず、様々な事業者が共通で使えるICT基盤が必要だと考えました」(前田氏)
「NTTグループでは、『Smart World(スマートワールド)』の実現に貢献するというビジョンを掲げており、大きくは6つの領域でのスマート化を目指しています。モビリティはまさにその中の一つです」(小泉氏)
NTTグループが掲げる「Smart World」とは、ICTで得た多種多様なデータを活用し、新たなシステムや技術、サービスを構築することで、社会が直面する課題を解決し、よりよい環境を作り出していくスマート社会だ。
つまり、どちらもスマートな社会を目指しており、その実現のために業界のリーディングカンパニー同士が協業したのである。
プロジェクトは技術を検討するワーキンググループと実機研修グループ、大きく2つのグループに分けて進められた。ワーキンググループでは、トヨタ・NTT両グループ会社のメンバー数十人が週に一度定例会を開催。お互いの技術やリソースを持ち寄り、具体的にどのように研究を進めていくのがベストかを話し合った。
その上でかたまったアイデアを、実機車両やネットワークを使い、まさに実証実験していった。そうして得たデータを再びワーキンググループにフィードバックして検討、再び実験をブラッシュアップしていく。このサイクルをスピーディーにまわしていった。
前田氏は、コネクティッドカーについて詳しく解説した。
「コネクティッドカーとは、車両が得るビッグデータ、データを繋ぐ通信ネットワーク、データを蓄積したり処理するデータ基盤、各種ソフトウェアなど、様々な要素から構成されています。クルマがビッグデータを収集することで社会のセンサーとなり、社会課題の解決や新たな価値提供に役立つと期待しています」(前田氏)
ビッグデータの活用においては、カーナビや遠隔車両診断による故障の予知や診断はすでに広まっており、今後は地図の自動生成などへの活用が考えられるという。また、社会課題の解決においては渋滞や事故の減少、カーボンニュートラルへの貢献などを挙げた。
トヨタでのコネクティッドカーの台数は現在およそ100万台であるが、2025年に500万台ほどになると予測しており、グローバルでは2000万台を超えるボリュームになると、前田氏は説明する。扱うデータ量は膨大になり、近い将来EB(エクサバイト)。つまり100京、10の18乗バイトを超える量になる。
コネクティッドカー、つまりクルマのIoTに関しては、スマートフォンなど他のIoT機器とは異なる特徴も多く、ICT基盤を構築する上ではスライドのような点に考慮すべきだと説明した。中でも特に注目すべきは、常時接続が保証されないモバイル通信で、ビッグデータを扱う点だろう。
「静的地図生成・障害物検知・渋滞原因特定」のユースケースと基盤検証の成果
続いては、実証実験の詳細ならびに成果についての説明が行われた。まずはトヨタの高橋克徳氏が登壇し、先ほど前田氏が触れた「コネクティッドカー向けICT基盤」について、さらに詳しく説明した。
「通信機能を有するクルマとエッジコンピューティング・クラウド間を、LTE・5Gとネットワークで接続。クルマが得たデータはデータセンターで収集・蓄積・分析されます。そして同じ経路を戻り、ドライバーに価値ある情報を提供します」(高橋氏)
実証実験を進める上では、以下の2つの目的を掲げた。その上で検証分類を「ユースケース」「基盤」と大きく2つに分け、ユースケースについては「静的地図生成」「障害物検知」「渋滞検知」と設定した。
- 大規模基盤におけるクラウド・通信インフラ技術の見極めと技術課題の抽出
- 次世代車両開発への要件の抽出
【ユースケース①】静的地図生成
続いて、NTTデータの千葉祐氏が登壇。3つのユースケース検証について紹介した。まずは、車両カメラが撮影した動画データをセンター側に集約し、車両の位置はもちろん、周辺情報が再現可能かどうか検証する「静的地図生成」について語られた。
「カーナビゲーションでも静的地図は使われていますが、自動運転を実現するためには遥かに高精度な静的地図が必要と言われており、地図はこれから重要な役割を占めるとされています」(千葉氏)
一方で、地図を作成するために専用の測量車を走らせると、コストの問題で難しい。そこで、街中を走っているコネクティッドカーから得たデータを活用しようとの試みとなった。千葉氏は同実証実験の意義を次のように説明した。
「将来、数千万台のコネクティッドカーが街中を走れば、毎日、精緻な地図が更新されることでしょう」(千葉氏)
アーキテクチャと処理の流れはスライドのとおり。オペレーターが指示を出すと、コネクティッドカーのプラットフォームを介し、クルマが得た画像データは処理され、静的地図を作成。ダイナミックマップに登録されるというフローだ。
自己位置ならびに事物を正しく推定するために、以前から使われている技術「SLAM (Simultaneous Localization and Mapping)を採用。この手法により、信号機がどちらのレーンに向いているかなどを正確に判断できる。
SLAMはLiDAR、カメラ(ビジュアルスラム)両方で使えるが、こちらもコストを考慮し、後者とした。また、ビジュアルスラムを採用したことで、周辺の障害物の認識もできるようになった。実証はお台場の道路で実施。同じコースを何度も周り、精度の向上を検証した。
【ユースケース②】障害物検知
路上に落ちている障害物をコネクティッドカーが検知し、影響を及ぼすと考えられる後続車に通知するユースケースの検証だ。実験を始めた当初は、リアルタイム性の実現が難しかったと、振り返る千葉氏。アーキテクチャの再考を行い、徐々に通知時間を縮めていった。
「初年度はエンドツーエンドで処理させるのがやっとで、当初は30秒かかっていました。しかし、2年目にはネットワーク(NW)エッジコンピューティングの技術を導入することで、推論処理をエッジ側にオフロード。2段階処理のアイデアも採用し、7秒まで短縮することを実現。3年目はさらに高速化し、フレームを間引いた動画の分割送信によって、平均約5秒を実現しています」(千葉氏)
こうして構築されたのが、現在のアーキテクチャである。NWエッジコンピューティング技術については後述で詳しく触れるが、下部真ん中と右端のコンポーネントが2段階処理を行っている。例えば、最初の段階では対象エリアを広くし、障害物を検知することに重きを置いている。その上で障害物が検知されたら、次はどこのレーンなのかを特定する。
アーキテクチャの中央部、黄色い吹き出しで示された「エッジ垂直分析技術」「Axispot高速時空間エンジン」「車両選択アルゴリズム」はNTTグループ独自の技術である。
「社会実装を考えると、処理の高速化はもちろん重要ですが、コンピュータリソースを効率的に使うことで、コストも最小限に抑えることが重要です。同システムはさまざまな技術スタックを組み合わせることで、低コストでありながら高速化と効率化を同時に実現できたと手応えを感じています」(千葉氏)
【ユースケース③】渋滞原因特定
3つ目は渋滞発生地点の予測や、原因の特定を行うユースケース検証である。システムの大まかな流れはスライドのとおり。3ステップで進められた。
ステップ1では、クルマからあがってくるCANデータを集計し、渋滞地点の絞り込みを行った。ある程度エリアが絞り込めたら、候補付近を走るクルマにデータの収集依頼を発信してデータを取得し、渋滞箇所の特定を行う。その上で、後続の影響を受けると考えられるレーンを走るクルマに通知する。
全国各地を走るクルマから闇雲にデータを収集していては、やはりコストがかかる。そこでエリアはメッシュ単位に絞り集計を進め、常に渋滞があるエリアはユースケースの対象外とした。同処理においても「時空間集計」「車両選択」「隣接レーン車速推定」「習慣度算出」「ポリゴン検索」といった、NTTグループ独自の技術が使われている。
【基盤検証】各コンポーネントの基盤性能の検証
ICT基盤全体、アーキテクチャのおける各コンポーネントの基盤性能の検証について、まず大前提の考えを次のように述べた。
「実装においては、グローバルでディファクトスタンダードなOSSを採用していく方針です。これは両社が協業する際に掲げた、プラットフォームをオープンなものにしていくとの方針に基づいてのことです。そのため、今後もよりよいOSSを検討していきますし、都度、エンハンス(強化)していく必要があると考えていますから、現状はあくまでリファレンス(参考)だと受け取ってもらえればと思います」(千葉氏)
検証は上記スライドのように、各コンポーネントにおけるボトルネックや、限界見極めを検証していった。CANデータや画像データ処理においては、GPU処理の限界を検証することで、スループットの限界を見極めていく。
ダイナミックマップが含まれていないのは、各コンポーネントからの処理で呼ばれるため、そちらで評価しているからとのこと。「配信・通知」コンポーネントの検証においては特殊な評価を行っており、次のように補足した。
先も触れたが、画像収集時のトラフィックを削減するために、収集データを絞り込んで、あまり多く集めない工夫をしている。その際の性能値を評価した。たとえば障害物検知では、少ないクルマが確実に障害物を捉えている。
確率の高いクルマから画像を集める画像選択アルゴリズムを使うことで、実現しているという。また、対象メッシュにおける車両台数を限定することで、データ処理の時間、障害物検知のトレードオフを評価する検証も行った。
独自開発した「ネットワークエッジ基盤」の検証結果
ここからはNTTコミュニケーションズの野地亮介氏が登壇し、NWエッジコンピューティング基盤について、改めての概要説明と検証について語った。大前提として、NWエッジコンピューティングは、一般的にイメージするいわゆるIoT機器、エッジデバイスではない。
「データセンターやエッジ拠点といったサーバー郡は、スライドのように地理的に分散しています。そこでクルマと拠点の間に、言ってみればゲートウェイ的なNWエッジ基盤を挟むことで、ネットワークやインフラの複雑さを解消。負荷や遅延を減らし、最適なサーバー郡に導くような機能を備えています。NWエッジ基盤は私たちが独自に定義した概念であり、手法です」(野地氏)
NWエッジ基盤には「経路制御」「ロードバランシング」「広域分散メッセージキュー」と3つの特徴があり、セッションではこの検証について紹介した。
経路制御では、ある拠点が故障した際、別のサーバーに切り替えることができるか検証を行った。DNS方式とロードバランサー方式の2通りで検証・比較。両装置まではBGP Anycastで誘導した。
ロードバランシングの評価では、東京と大阪のデータセンターを活用した。東京のデータセンターのトラフィックがBusyになったと想定し、大阪のデータセンターに正しく負荷分散できているかどうかを検証している。
また、ノードが故障した際、同じく大阪のデータセンターに正しく切り替わるかどうかを確認した。なおロードバランサーは負荷のしきい値でオンオフするような、ソフトウエアベースの構成となっている。
広域分散MQの検証では、あるエッジ拠点が使えなくなった場合、適切に他の拠点に切り替わるかどうかを確認。あるいは逆、拠点からのデータをそのデータを必要とするクルマに適切にキューできるかどうかだ。NWエッジ基盤で一次的にデータ保存を行うことで可能になるか検証を行った。
すでに実証事件の第1フェーズは終了し、先に掲げた目標は精度10㎝を除いて達成した。今後の展開としては、コアな技術ではデータの効率的な収集活用、分散型学習開発の適用を目指す。
インフラ・クラウドにおいては、新たな次世代アーキテクチャの検討やエッジコンピューティングの実現に向け、より多くのパートナーと協業しながら実現したいと高橋氏は語り、セッションをまとめた。
●プロジェクトの詳細資料を公開!
本イベント開催のために、同プロジェクトに関する100ページ以上におよぶ資料を公開。 資料の主なテーマは以下のような内容となっている。
- コネクティッドカーが生み出す、大量データを高速・効率的に収集
- コネクティッドカー向け ICT 基盤として技術難易度の高いユースケース検証
- 実フィールドにて実車を用いた End to End の実証実験を支えるシステム
【Q&A】参加者の質問に、トヨタ・NTTグループ登壇者が回答
セッション後は、参加者からの質問に対してトヨタ・NTTグループ登壇者が回答する時間が設けられた。
Q.渋滞原因特定のソースはクルマからの情報だけによるものか
前田:今回の実証実験では、あくまでコネクティッドカーからのデータだけで行いました。ただし、サービスとして社会実装する場合には、銀行や病院・コンビニなど、クルマ以外の情報も加味する必要があると思います。
Q.コネクティッドカーがほとんど通らない田舎道の地図更新も可能か
前田:実際にサービスとして社会実装する場合には、コネクティッドカーのデータだけでなく、測量車、地図会社が持っているデータも含めて、地図を作成していくと思います。コネクティッドカーが通らない場所であれば、他の方法で測量することになります。
Q.リアルタイム性の追求とコストのバランスについて
千葉:経済合理性が大きいと考えています。どんなに有能なサービスでも、高額だとユーザーは欲しがらないからです。つまり、私たちが作り上げた価値に対して、どれだけの金額を支払ってもらえるかを考えながら、開発を進めています。
Q.最終的に何台のクルマが同時走行する想定で検証を行ったのか
野地:最終的には、目標値であった3000万台を走行する想定で検証しています。ただし、現在コネクティッドカーは500万台しかありませんから、あくまでシミュレーション上です。また、システムを並列に組むことでスケーラブルするかどうかの検証も行っています。
Q.共同研究としての苦労は何か
千葉:NTTグループだけでも、NTTデータ、NTTドコモ、NTTコミュニケーションズなど、得意分野の異なる会社が集まっています。とはいえ、協業プロジェクトではそれぞれが得意なことだけを取り組んでいては、成功するのが難しいと思っています。
実際、プロジェクト当初はそこが課題でもありました。しかし、メンバー一人ひとりがワンチームとなって取り組んでいったことで、次第に状況は改善。現在は協業がうまくいっていると感じています。
Q.システムを扱ったり保守運用する人のスキルセットや人材確保について
前田:クルマと連携したICT基盤に対する、深い理解とスキルが必要です。メンバーのスキルが、そのまま性能や品質に直結する箇所があるからです。これまでの自動車業界にはなかったスキルセットということもあり、人材の確保に力を入れている状況です。
Q.システム稼働によるCO2排出量に対する見解は?
前田:データセンターは大量の電気を消費します。今後EV、コネクティッドカーが増えていけば、電気使用量が増えていくことも間違いありません。ICT基盤の研究開発と同じく、こちらも研究開発と検証を進めていきたいと考えています。