【インタビュー】AIの研究を30年続けた富士通が求める「AIビジネスプロデューサー」とは
総合ICTベンダーとして市場を牽引し続ける富士通株式会社が、30年にわたってAIに関する研究を続けてきたことはご存知だろうか。
富士通が2015年11月に発表したのがAIプラットフォーム「Zinrai(ジンライ)」だ。発表直後から多くの反響が寄せられており、それを元に数多くの実証実験がスタートしている。また同社では2016年11月にAI機能をクラウドやオンプレミスで提供していく発表をしており、今後も「Zinrai」に注力する姿勢を明確に打ち出している。
本稿では、富士通株式会社で「Zinrai」の研究に携わってきた土屋哲さんに、AIを取り巻く状況や「Zinrai」の展望についてお話を伺った。
土屋哲(つちや・さとし)/富士通株式会社、AIプラットフォームサービス事業部、事業部長。1991年に富士通株式会社へ入社。文書処理やマルチメディアのソフト開発を経て、1997年より富士通研究所で研究開発に従事。システム運用管理の自律化(AutonomicComputing)、ビッグデータ処理(Hadoop/Spark)、機械学習、人工知能の研究開発を経て、現在、「Zinrai」プラットフォームサービスの開発を統括。
問い合わせ300件を超えた、富士通のAI
―― 初めに、現在のAIを取り巻く状況を土屋さんがどう見ているのかお聞かせいただけますか?
土屋 5年くらい前から「ビッグデータ」というワードが盛り上がってきましたよね。Googleの「AlphaGo」がプロ棋士に勝利したニュースを機に、この2年ほど「AI」もにぎやかになっています。
現在のAIのトレンドはそのビッグデータの処理を自動化し、機械に覚え込ませるというものです。「機械学習」や「ニューラルネットワーク」という言葉で語られる分野です。
特にニューラルネットワークの新方式 Deep Learningが伸びていて、トレンドになっているのは間違いありません。ただ、AI全体として考えればまだまだ立ち上がりの時期です。企業の現場で実際にAIが活用される事例は、これからどんどん増えてくるでしょう。
―― どのような企業でAIの活用が進んでいくのでしょうか?
土屋 今はアメリカベースの企業の方が優勢ですね。現在、一番AI活用が進んでいるのは、大量の消費者データを持った大規模なネットサービスを展開している企業です。例えば、それはGoogle社であり、Facebook社です。
ただ、現在は少しずつ「データ分析の価値」に企業が気付き始めています。今後はIoTを使って様々な企業がデータの取得を行い、自社の利益のために、あるいは社会のために新たな付加価値をAIで作っていく時代になっていくでしょう。
富士通はこれまでに多くの企業とICTの領域で活動してきました。ですから、消費者データではなく、企業データを起点にしたAI活用の分野で、富士通にできることはたくさんあると考えています。
―― 富士通のAIへの取り組みをご紹介いただけますか。
土屋 「AI」という呼び方こそしていなかったものの、富士通ではAIの様々な要素技術に関して、実は30年にわたって研究を行なってきました。
AIというと何でもできる万能な機械、というイメージがあるかもしれません。確かに、囲碁に強いとか、画像の認識能力が人よりも優れているとか、人間よりも優れた面はありますが、実は特定のことしかできません。別の見方をすると、それは人間そのものの代わりというよりも、人間の特定の能力を強化してくれる存在ということで、AI(Artificia Intelligence)ではなく、IA(Intelligence Amplifier=知性の増幅)と考えてもらう方が実態にあっています。
こうしたAI(もしくはIA)に実用的な可能性があると実感できたのは3年程前からです。それはディープラーニングが、物体認識において非常に優秀であるとわかってきたからです。そして、2年程前から実用例が増えてきました。
そこで、私たちもこれまでの技術体系を仕立て直して、2015年の11月に改めてAIに関する技術を発表しました。それが富士通のAI 技術体系「Zinrai」です。
発表後から非常に多くの反応をいただきまして、各企業からの問い合わせは300件を超えました。現在は内部の体制も強化して、2017年4月から具体的なサービス提供を始めていきます。主に、スマホや検索サービスといった個人向け市場ではなく、企業向けの人工知能に注力しています。
スマホや検索サービスで使われるAIは、たくさんの人が同じような要求をするものであり、サービスを利用する人の数は、数万人や数百万人だったりします。一方、企業で使われるAIは、その企業の競争力を強化する目的のものですから、企業ごとに使うAIや適用シーンは非常にバラエティに富みます。お客様のデータを富士通がAIで判定するといった「共創」のシーンも多数出てくるでしょう。そういう意味で、企業向けAIの活用は、一般消費者向けよりも複雑かつ、エキサイティングだと思っています。
―― 「Zinrai」ではどのようことができるのでしょうか?
土屋 「Zinrai」は、大きく3つの機能から成り立っています。 まずひとつが「知覚・認識」です。これは画像処理や音声処理、感情認識などを行うもので、現在トレンドになっているディープラーニングの技術を用いています。
次が「知識化」です。これは自然言語処理を行なって、テキストから意味を読み取り、それを蓄積していくわけですね。 そして、「判断・支援」です。これは従来データ分析と呼ばれていた領域をAIで支援するというものです。データに隠れているパターンを調べ出したり、推論したりするわけですね。
「Zinrai」は、それらの機能を個別に提供しているのではなく、体系化している点が大きな特徴です。個々機能を組み合わせて何ができるのかという点をスムーズに提案いたします。
―― 「Zinari」を利用したいと考えたお客様はどのように活用を開始できるのでしょうか?
土屋 「Zinrai」を使ってどのようなことができるのかをわかりやすく示すために、既に学習済のモデルを提供し、それを使って効果を実感してもらうことを検討しています。
先ほども申し上げましたが、今後は企業でのAI活用がどんどん進みます。そこで重要なのは、その企業の一つ一つの問題に対して次々に新しい学習を行うことになります。ですから、まずは一般的なもので効果を実感していただき、次は自社の問題に駅用していただく、というプロセスで考えています。
その時に、こうした作業を富士通がお手伝いし、新しい学習を「Zinrai」のプラットフォームに蓄積し、さらに再利用してもらうというのがメインの考え方になっていくと思います。
AIを活用したビジネスの共創
―― 「Zinrai」を導入した事例をご紹介いただけますか。
土屋 既に様々な分野での事例を発表させていただいているのですが、例えばコールセンターでの事例です。会話中のお客様の「声の明るさ」と「満足感」を定量化し、機械学習により「満足」や「不満足」を判定し、応答評価を自動化しています。
また、福岡空港での顧客満足度向上のために、様々な場面での待ち時間を数理モデルで改善に取り組んでいる事例、さらに、福岡県糸島市への移住希望者の特性などをモデル化し、土地の特性にあっている人とマッチングする事例などもありますね。
その他にもスポーツ、ショッピング、ヘルスケア、都市景観、ものづくり、農業、デジタルマーケティング、フィンテックなど本当に様々な分野での取り組みが始まっています。
―― お客様は「Zinrai」を使って自分たちだけで取り組むのではなく、富士通の方と一緒に取り組んでいるというイメージでしょうか?
土屋 まさにその通りです。システムのインテグレーションだけでなく、エンジニアリング以外の領域も含めて私たちの知見を使っていただければと思います。
私たちが目指しているのは、単に機能と機能を結びつけてシステムを構築することではありません。問題を深く理解して、その問題を解決するには何をすればいいのかを考えていく、それがこれからのAI活用の姿です。
最初に技術ありきではなく、「問題にフィットする技術」と「技術がわかる人間」を提供できるのが私たちの強みです。ICTで問題解決を手掛けてきた富士通だからこそ、しっかりとお付き合いして、難しい問題を新しいAI技術で解決していきます。
―― 人間の知見による課題へのアプローチのひとつとして、AI活用を推進していくというわけですね。
土屋 そういった意味合いを込めて私たちは「Zinrai」を「Human Centric AI」、つまり「人間を中心としたAI」と捉えています。
「AIに仕事が奪われる」という話ではなく、機械が得意なものはどんどん機械にやってもらって、人は人でなければできないことに集中していけばいいというのが私たちの考え方です。
―― そのようにAIの活用が進んでいくと、今後はどのような人材が求められるとお考えですか?
土屋 私たちは「AIビジネスプロデューサー」が必要になってくると考えています。
―― 「AIビジネスプロデューサー」ですか? どのような人なのでしょうか?
土屋 この言葉は私たちの造語なのですが、「特定のAI技術に詳しいエンジニア」「システムエンジニア」「データサイエンティスト」の 3者と話ができて、さらにお客様の業務や課題に寄り添い、お客様とビジネスモデルを共創できるような人ですね。
このようなことができる人材は、私たち富士通にも不足しているんです。それぞれの専門家はいますが、ビジネス上の課題を把握し、AI専門家に的確に指示を出せる、システムやICTを超えて、お客様の実際の業務に踏み込んでビジネスを作りだせる能力が重要であり、そこまで揃った人はなかなかいません。
―― 具体的なビジネス共創のイメージがあれば教えてください。
土屋 例えば、長期にわたって造船を行っている日本の企業があるとします。彼らは造船についてのものすごいノウハウを蓄積しています。ところが、そのノウハウは暗黙知だったりするわけです。
こうした企業のノウハウと、富士通の「Zinrai」を使ったデータ分析を組み合わせることによって、新たなビジネスが生まれるかもしれません。造船業にAIを持ち込むことで新たなビジネスが生まれるわけです。そのためには、造船業でどんな作業プロセスがあり、どこにどのAIエンジンが適用できるかを考え、システムにどう組み込んでいくか、それぞれのプロフェッショナルの間でつなぐ役割が必要なのです。
富士通は「Zinrai」というAIプラットフォームを提供していますので、そのプラットフォームを使った新しいビジネスをどんどん起こせるプロデューサーを求めています。プラットフォームは富士通の「Zinrai」ですが、アプリケーションは造船業だったり、金融だったり、本当に様々なところに可能があると考えています。
可能性を見出す、アイデア創出の感性の点では、スマートフォンアプリのプロデュース経験がある人などは最適かもしれませんね。
―― 最後に、「Zinrai」の今後の展望を教えてください。
土屋 短期的なところでは、まずこの4月より「Zinrai」のAPIを順次公開していく予定です。現在、世界的に「APIエコノミー」は大きなトレンドになっていますよね。富士通もAIの領域で「APIエコノミー」を推進していくわけです。
APIを提供し「Zinrai」を利用してもらうことで、プラットフォームである「Zinrai」にはお客様の様々な知識が蓄積されていきます。その知識をお客様には再利用していただきたいですし、AIビジネスプロデューサーにはその知識を利用して新たなビジネスをどんどん立ち上げて欲しいと思います。
その知見がまた「Zinrai」に戻ってくるというエコシステムを構築することが、私たちのさらに先の展望です。