トヨタの未来を創る「ロジスティクス&防災減災」の研究と開発事例に迫る
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研究開発を通じて成長できるトヨタの「未来創生センター」
未来創生センター 吉村 朋美氏
まずはトヨタの未来創生センターについて、吉村朋美氏が紹介した。センターが設立したのは2016年4月。モビリティカンパニーへの変革を進める中、未来のための研究の強化と将来のWell-beingな人生の支援を目指す。
未来創生センターの拠点は愛知県豊田市に2カ所、静岡県裾野市、東京都文京区にそれぞれ1か所、計4カ所ある。2022年10月時点で約340名のメンバーが在籍し、主に「数理データサイエンス」「ロボティクス」「バイオヒューマン」「革新インフラ技術」の4つの領域に取り組んでいる。
「研究者の約16%が博士号を持つなど、各分野のエキスパートが多く在籍しているのも特長です。このような環境のため、日々のちょっとした雑談から新たな研究が生まれたりすることもあります」(吉村氏)
自らが成長できる環境が充実しているのも特長だ。まず、国内外の著名な大学の先生たちや研究機関の研究者たちとの共創や共同研究も活発に行われている。教育制度も充実しているため、年単位で国内外の研究機関に出向し、自らの専門性を高めるメンバーも少なくない。
つぎに、研究内容を実証実験できる「現場(フィールド)」が、社内、トヨタグループ、共同研究先と、数多くあることだ。実証実験で得られた成果を研究にフィードバックし、ブラッシュアップを重ね、再び実証実験を行うアジャイル開発が日々行われている。またトヨタが持つ大量のデータを活用できるので、研究の可能性も広がる。
さらに、研究成果を論文としてまとめ、国内外の学会に発表することも推進している。実際、未来創生センターの企業サイト「未来につながる研究」を介して、これまで発表した論文の一部を閲覧することができる。
最後に、多様な働き方ができる点だ。ライフワークバランスも大切にしており、研究の進み具合やプライベートの都合などにより、在宅、オフィス、バーチャルなど働き方が選択できる。子育てをしながら研究に取り組むメンバーも少なくなく、男性の育児休暇取得率も高い。
数理によるロジスティクス最適化による部品センターの物流作業効率化
未来創生センター 荒井 恭佑氏
続いてセッションに加わった荒井恭佑氏は、大学時代は経営工学部でロボット作業の効率化、入社後は屋内搬送ロボットの効率的な搬送方法などのテーマを研究してきた。
「数理最適化に限らず多様な研究をしてきましたが、どのテーマも数学的な知識を使っている点が共通しています。研究分野が違っても、その経験が活用できています。デンソーに出向した際には、社外目線での数理最適化技術を学ぶこともできました」(荒井氏)
数理最適化とは、現実社会の様々な問題に対して意思決定や解決方法を提案する手段である。物流や生産、インフラ、Webなど、様々なシーンで活用されている。
未来創生センターの数理データサイエンスの特長は、数学工学、群体数理から、行動経済学など多岐にわたることだ。また多くの研究機関との共創や共同研究も活発に行われえている。加えて、未来のまちづくりやモビリティなど、ひと中心の次世代研究に取り組んでいる。
今回のセッションでは、荒井氏のグループで研究している「部品センターの作業効率化」が紹介された。
対象となったフィールドは、愛知県にある大口第2部品センター(2021年より稼働)。敷地面積20万平方メートル、扱う部品数35万点、国内外13万件以上のお客様に部品を発送している大規模部品センターだ。
荒井氏たちはまずは部品センターを訪問し「ピッキング」作業において困りごとがあり、大口第2部品センター新規稼働に合わせて、作業者にやさしいピッキング作業に変えたいことを知った。
1日に5,000件以上の注文を集荷する必要があるなか、ピッキング作業は、扱う部品が小さく繊細、棚のレイアウトが変更できない、災害後の復旧がしやすいなどの理由から、現状人手で行っていた。ピッキング作業の課題は、大きく以下4つ。
1つ目は歩行距離の長さ。集荷用のワゴンを押しながら、毎日数キロメートルを歩いている。
2つ目は部品によっては極端に小さい、嵩張っているなどの理由で、取り扱いが難しい場合があること。さらには、保管されている場所が天井近く、もしくは地面に近い場合は作業者は背伸びもしくは腰をかがめるなどの動作を伴うため、負担が増す。
3つ目は梱包。扱いが難しい部品の梱包は同じように負担が増す。
4つ目は作業者が1カ所に集まることで渋滞が発生、ピッキング作業も含め作業効率が落ちることである。
数理最適化を用いてピッキング作業の歩行距離を削減する
ピッキング作業者の負担を減らすために、先述の4つの課題中、歩行距離に注目。歩行距離の削減を目指した。
作業者はホームポジション(H/P)から各種部品が保管されている棚を歩き回り、指定された部品をすべてピッキングしたら、再びH/Pに戻る。その工程がそのまま、歩行距離となる。
そのため、集荷する部品の組み合わせや部品が保管されている場所が、歩行距離に関係する。だが、それまでは保管場所の制約や季節性流動を考慮して保管場所が決められていたが、歩行距離は特に考慮していなかったという。そこで、数理最適化を用い歩行距離が短くなるような部品の保管場所を算出することにした。
保管に関する主な制約は、以下の3つ。
- 同じ部品は分けて保管しない
- 保管できる部品数には上限がある
- 部品により保管場所が決まっている
定式化においては、歩行距離の計算には、既存の「注文実績、部品センターレイアウト」のデータを活用。また制約条件を表すために既存の「各部品・棚の制約」のデータを活用。
この問題では「組合せ最適化」という考え方を使うのだが、歩行距離が最小となる解を求めるには部品と棚の割当の組み合わせ数が数十億と膨大になり、現実的な時間では回の算出が困難である。そこで局所探索法という発見的な探索方法で保管場所を探索することにした。
局所探索法とは、探索アルゴリズムのひとつ。初期解をより良い近傍解に置き換える作業を繰り返すことで、目的となる解を導き出していく。有名な手法としては山登り法があるが、同法では局所解にたどり着くと解の改善がストップしてしまう。そこで今回は解の値が悪化する場合でも、ある確率で解を更新していくことで局所解から抜け出して解探索が可能な、焼きなまし法を採用した。
ここからは具体的な定式化について説明する。まず説明変数はx_isというバイナリ変数を使い、部品iを棚sに配置する場合を1、配置しない場合を0とした。そして歩行距離が最小となるような行列xの1-0要素の組み合わせを、制約条件を守るように求めた。
目的関数については、ある1つの注文をピッキングする時の歩行距離は、部品をピッキングする順番に部品間の保管場所の距離を加算するという式になる。ここで部品をピッキングする順番y_ijが重要になってくる。ピッキングする順番y_ijは歩行距離が最小となるように部品保管場所を回ると考えられるため、巡回セールスマン問題と呼ばれる問題を解くことで算出した。
「ただ、この式ではあくまで一人の作業者が歩いた距離しか算出されません。実際、注文は1日5,000件以上あるため、全作業者の歩行距離の総計となるように、この式を拡張する必要がありました」(荒井氏)
注文全体の歩行距離を短くするために、歩行距離の平均を最小化するように歩行距離の計算式を確率を使った形に拡張。過去の注文すべてをラージOとしたときに作業者が注文oを受け取る確率を使い、歩行距離の重み付き平均値を算出し、これを最小化した。
こうして得た数式を用い、局所探索法で計算ならびに解の改善を繰り返した。結果は以下図の左側が初期解、右側が最適解の結果となる。赤が濃いほど、ピックアップ回数が多いことを示している。
どちらもH/Pに近い場所に集中しており、一見すると大差がないようにも見える。
だが実際には、初期解と最適解では1注文あたり15メートルの差、約10%の違いがある。一人の作業員の月の走行距離に換算すると、少なく見積もっても約10キロメートルもの距離の削減になる。
つまり、目的は達成されたのである。さらには人が行っていた保管場所の選定も数理最適化が行うため、コストの削減にも寄与するという成果を出すことに成功した。
自治体との防災減災プロジェクト「富士山噴火避難シミュレーション」
未来創生センター 主任 秋本尚美氏
未来創生センター グループマネージャー 佐多 宏太氏
続いては秋本尚美氏、佐多宏太氏が登壇。自治体との防災減災プロジェクトについて紹介した。モビリティカンパニーへの変革を掲げるトヨタでは、移動に関わるまちの課題を解決することで、住民ひとりひとりの幸せに貢献したいという想いから、プロジェクトへの参加を決めたという。
具体的なテーマは、有事時移動での課題解決である。工学的アプローチに加え、思考・行動解析など人文社会科学といった分野にも踏み込んだ研究に取り組むのが特長だ。
「現在は裾野市と連携して取り組んでいますが、プロジェクトで得た成果を他の地域にも展開していきたいと考えています」(佐多氏)
富士山のふもとにある裾野市では、2021年に富士山の噴火対策も含めたハザードマップが改定された。内容では以前と比べ、溶岩流の到達地域が拡大し早くなり、また裾野市の溶岩流が1日で到達する範囲の避難対象者も3,000人から1万人に増えた。
そこで裾野市は、2023年3月の改定を目指し、新たな避難計画を策定することにした。だが、さまざまな課題が見えてきた。
1つ目の課題は、火口想定範囲や溶岩流の3時間到達可能範囲に観光地、別荘地、住宅街が含まれることだ。富士山はもちろん、サファリパークなどの観光スポットも多いため、特に観光客への影響について、大きな不安を持っていた。
「平時に大勢の観光客が来てくれるのは嬉しいことです。しかし反面、災害が発生した場合、観光客への影響が大きいことは明らかでした」(秋本氏)
もう1つの課題は、道路網だ。市の北西エリア、富士山の麓に観光地が密集する一方、東名や新東名といった高速道路などの幹線が走る市街地までの道路ネットワークが、片側1車線のみであり、有事の際の渋滞が懸念された。
一方で、溶岩の進む方向や到達時間は噴火の規模や噴火口の位置により多様であり、ハザードマップで危険視された地域すべてに流れ込むわけではない。
つまり、溶岩の流れを正確に把握することができれば、適切な避難計画となる。このようなロジックのもと、溶岩流のシミュレーションを活用し避難計画を進めている。
多様な溶岩流の動きをシミュレーションし、「噴火前避難計画」「噴火後避難計画」「計画の浸透」を検討項目としながら避難計画を進めていった。
噴火前避難計画における交通流シミュレーションを行うには、地域に関するデータや地図情報や道路情報など、様々なデータが必要となる。だが、これらのデータは粒度が不足しており、個人情報保護の観点から扱いが難しいという課題があった。
そこで、従来のように可能な限りデータを取得してからシミュレーションを行うのではなく、まずは仮データで行うこととした。住民との会話やコミュニケーションを通じて有益なデータを取得したら補完し、そのプロセスを繰り返す方式で進めた。
住民との会話を継続することで、住民側に有事の際の当事者意識が喚起されるなど、シミュレーションの高度化以外のメリットもあった。
例えば、プロジェクト前は避難完了まで9時間かかるとされていた時間が、実際には6時間弱であることがわかった。よりリアルな避難時間の算出ができたという成果が見られたのである。
また、技術ツールについてはQGISなど、行政との共有が容易で低コスト、継続性を持つOSSを意図的に活用することにした。
噴火直後の溶岩の流れは、大きく31パターンに分類される。つまりこの31パターンを解析することで、どのように溶岩流が動くかを可視化、シミュレーションする必要があった。
手作業で行っていては組み合わせが膨大なため、到達時間を指標に機械学習のクラスタリングアルゴリズムである、k-meansを導入。溶岩流の想定を実際に示すことで、避難検討における議論の材料とした。
結果として4つにクラスタリングした。現在は、実際の避難経路などの検討を行っている段階だ。
こうした工学的なアプローチも重要だが、住民に浸透しなければ有効性は低い。そこで佐多氏たちは、溶岩流の最速2時間以内到達地域にある裾野市立須山中学校を訪れ、防災授業などを開催しているという。授業の様子は地元のテレビ局からの取材も受け、ニュースとして放映された。
「私も授業に立ち会いましたが、参加した中学生みんながしっかりと聞いてくれていて、『逃げるとき、どこを通ればいいか考え直すきっかけとなりました』とのコメントなどが聞かれました」(秋本氏)
「噴火したら諦めるしかない。授業前にはそう考えていた生徒が多かったのですが、授業後は、ポジティブな感想も多く聞かれ、手応えを感じました。今後も自然災害の恐ろしさとともに、災害に備える必要性を自治体と連携しながら伝えていきたいです」(佐多氏)
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
セッション後は、イベント聴講者からの質問に登壇者が回答した。その一部を紹介する。
Q.作業者の稼働時間が同じであれば、走行距離は変わらないのでは?
荒井:1日の作業は時間ではなく、注文数で決まります。そのため歩行距離が減れば、必然と作業者の負担は減ることになります。
Q.最適解の計算に要する時間について
荒井:計算速度が求められる問題ではないですが、一般的な汎用パソコンで約72時間、3日間をかければ最適解に収束すると考えています。
Q.部品配置は定期的に見直しているか
荒井:新しい部品が追加される。あるいは、季節により頻度の高い部品が変わるため、毎月の頻度で見直しをしていますし、重要な取り組みでもあります。
Q.出荷頻度の高い部品をH/P付近にまとめると渋滞が発生するのではないか
荒井:細かく分析すると、混雑要因には2つの原因があります。1つ目は部品が保管されている場所。混雑しないよう保管場所を分散する条件も式には含まれています。もう1つがピッキングする部品の数です。こちらに関しては現在、作業データを分析している段階です。
Q.現場における苦労とやりがいについて
荒井:現場の課題を設定する業務が一番難しいと感じています。トヨタ自動車だけでなくグループ全体で様々な問題を探る必要があるからです。一方、膨大なデータを活用し問題解決に取り組むことができる環境は、データサイエンティストにとってエキサイティングだと感じています。
Q.自治体との防災減災における、自治体の反応や課題について
佐多:溶岩流の分かれ方など、住民に理解してもらうのに大変役立ったと喜んでいただきました。課題は、期限が1週間だったこと。最低限の条件を整えるために、緊急性のない枝葉はすべて切り落としました。もう1つはあくまでシミュレーションのため、誤解を生じさせることがないように、話し方や説明を心がけました。
Q.噴火避難シミュレーション以外での活用は?
佐多:現在はあくまで避難経路策定の活用ですが、公共交通機関のルート設計などに活用できると考えています。
Q.クラスタ数を決定するまでの流れについて
佐多:いくつかの結果を住民の方々に提示し、理解してもらった上で、どれくらいの数であれば避難計画に落とし込めるのか。多すぎず少なすぎない観点で決定していきました。
Q.噴火に伴う融雪泥流は考慮しているのか
佐多:現状では考慮できていません。降灰も同様であり、溶岩流と同じように避難計画の策定において考慮していくことが、今後の課題だと考えています。
Q.シミュレーションはクラウド・オンプレどちらで行っているのか
佐多:クラウドで、AWSを使っています。
Q.学生時代に数理を専攻していた人が多いのか
佐多:計算科学、制御関連など、必ずしも数理を専攻していたメンバーばかりではありません。多様なバックグラウンドを持つ人が多く、センターの特長となっています。
秋本:私は文系・商学部出身ですし、様々な分野のメンバーが集まっていますよね。
荒井:私は経営工学専攻で数理や機械学習系など、多種多様な領域を学んできました。
佐多:私も大学時代は制御、燃焼の数値計算などを学んでいました。
Q.海外赴任の可能性について
吉村:TOEICスコアの社内基準を満たす英語力が求められるため、誰でも行けるわけではありませんが、上司に伝えておくことで考慮される可能性もあります。派遣先は欧米の開発拠点が中心です。若手社員向けには修行派遣(海外研修制度)という制度もあります。 現在はコロナ禍で機会が減っていますが、学会への出席なども含め、海外に行く機会は少なくないと思います。
Q.ダイバーシティの浸透度は?
秋本:性別国籍に関わらず、また、障害を持つ方々とも協力しながら業務を進めていますので、浸透していると思います。私自身、子育てをしながら在宅勤務しており、幼稚園の送り迎えの時間は一度離業して、再び仕事に戻るなど、柔軟な働き方ができています。