トヨタの未来を創る「数理データサイエンス&ロボティクス」の研究と実証試験に迫る
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ひと中心のシステム作りで、Well-beingな人生を支援
未来創生センター 足立 渚氏
まずは、トヨタの未来創生センターについて紹介。「ひと中心のシステム作りを通じお客様のWell-beingな人生を支援する」という理念を実現するために創設され、次世代に役立つ先端技術の研究を行っている。現在、特に注力しているのは、以下の4つの領域だ。
- ロボティクス
- 社会システム
- 数理データサイエンス
- バイオヒューマン
これまで数々の取り組みを行い、成果も生まれている。先日行われた「東京2020オリンピック・パラリンピック」では、移動や観戦などで人びとを支援する様々なロボットを提供した。
次世代の道路構想『ダイバーストリート』実現に向けた、施工法の研究などにも取り組んでいる。
その他にも、脳科学の研究などにも取り組んでいる。未来創生センターのサイト「未来につながる研究」に詳しい事例が掲載されているので、参考にしてほしい。
未来創生センターの特徴は大きく3つある。一つ目は、企画、研究開発、実証実験をアジャイルに繰り返していくことだ。そこには、創業者である豊田喜一郎の想いである「ロバスト性の高い技術を生み出す」が反映されているという。
二つ目は、外部機関との交流、共創も積極的に行っている点だ。例えば、脳科学を専門に研究しているBTCC、名古屋大学、筑波大学、京都大学などの研究開発機関と共創を進めている。
三つ目は、ドクター人材の割合が約20%と、社内でも群を抜いて多く、ソフトウエア人材も約44%と、同じく他部署と比べると高い点だ。
拠点は各地に4カ所あり、オンラインを活用した業務やコミュニケーションは、通常業務でも活発に行われている。
【ロボティクス】誰でも使えるOSSのHSRシミュレータで開発を加速
未来創生センター 岩永 優香氏
トヨタでは、自動車を製造する際に使用する産業用ロボットを基点とし、2000年頃から人と共存するロボットの研究に取り組んでいる。2005年に開催された愛知万博では、楽器演奏ロボットを提供した。
今回紹介された人の生活を支援するロボット「HSR(Human Support Robot)」の研究開発は2012年から着手しており、2017年にはヒューマノイドロボットT-HR3を発表している。
HSRとは、人の生活空間内で共存しながら、自ら動き、人をサポートする役割を担うロボットの総称。近くにある物をロボットが掴んで運んでくれる。遠隔で操作することも可能だ。
HSRの研究開発においても共創による研究開発を加速すべく、2015年に「HSR開発コミュニティ」を立ち上げ、多くの研究機関との連携や共創型研究を取り入れている。
現在、グローバル14カ国がコミュニティに参加。主に、HSRを動かすソフトウエアの研究開発の加速を目的に、研究内容や成果は論文やOSSとして公開することで知識を共有している。
そしてOSSのHSRシミュレータの使い方についても紹介された。このシミュレータは仮想空間内でロボットを動かすことで、ソフトウエアを研究できる。HSR実機がなくてもパソコンさえあれば、誰でもHSRのソフトウエア研究を行うことが可能だ。このシミュレータは、コロナ禍でリアル開催は見送られたRoboCup JapanOpen2020や、今年のRoboCup世界大会の競技のプラットフォームとして使われた。
ソフトウエアはGitHubで公開されている。インストールや実行方法、必要な開発環境などはこちらに詳しく記載されているので参考にしてほしい。ロボットの動かし方は、Webブラウザ上で記述・実行できる統合開発環境「jupyter notebook」を使うことで、インタクティブに学ぶことができる。
準備ができたら、スタートボタンを押してシミュレータを開始。ROS (Robot Operating System)アプリケーションの3D 視覚化ツール可視化ツールrvizを使い、ロボットを移動させていく。自分でコードを書いて、一連の動作を実行することも可能となっている。
このシミュレータにはWorld Robot Summitという競技会のルールブックに準拠した競技場があらかじめインストールされており、自分がプログラミングしたソフトウェアを実行すると、競技ルールに則って自動採点されるようにもなっている。
【ロボティクス】深層学習を用いて特徴を抽出。高速な動きが可能に
未来創生センター 主任 土永 将慶氏
物を掴んで特定の場所に移動させるロボットの動きは、実際にどのようなフローで行われているのか。ロボットは障害物の状況などから何通りもの軌道を候補として作成し、チェックする。その上で安全だと思った軌道を、タイミングよく実行する動作を行っている。
この候補の生成には深層学習やニューラルネットワークを用いて、高速性を実現する研究に取り組んでいる。深層学習を用いているのは三次元の画像データを扱っているからだ。
画像処理の取り組みについて、もう一つ紹介された。先ほどのロボットのように実際の画像(物体)ではなく、パソコン上の画像データだけ。しかも、大量の画像を用意するのは手間なので、シミュレーションで生成した画像データにより、どのような学習結果となるかを試みた。
結果としては、リアリティの高い画像の方が高い成功率となった。画像タイプもバリエーションを多くすると、同じく成功率が高まる。つまり、汎用性を持ったロボットに成長すると考えられる。まだ研究段階だが、これからも取り組みを続けていくという。
同技術が醸成されていけば、指定された物を自動で掴むことができたり、洗濯物を畳んでくれたりする、家事ロボットが実現するだろう。
【ロボティクス】実績350km以上の自律搬送ロボットの開発フロー
未来創生センター 主任 豊島 聡氏
トヨタ記念病院では、研究開発で得た技術を実証実験する取り組みを行っている。薬や医療機器を、看護師や薬剤師に代わり自動で搬送する、自律移動ロボットだ。
もともと同プロジェクトは、病院側からの提案でスタートした。看護師や薬剤師の中には、1日で2万5000歩く方もいる。その時間を削減することで、より患者さんと過ごす時間を持ちたいという目的だった。
まず、何を開発すればその期待に応えられるのかを知るため、日々の仕事を観察。その観察をもとに、仕事の流れを図式化した。
続いて、実際に搬送ロボットを稼働させたら、どのようなトラブルが発生するのか。簡単なプロトタイプを作り、実際に病院内を搬送。経路や障害物の有無の確認はもちろん、ロボットが病院内を動き回ることで、患者やスタッフの邪魔にならないように確認していった。
実際に作るべきロボットのアイデアが固まったら、アジャイル開発でHSRをベースに開発。PoCロボットを4カ月で製作することに成功した。
導入後もブラッシュアップを続けた。画像認識技術を用いて、車椅子やベッドといった大きな対象物が先にあることが分かった際には、ルートを切り替える機能である。
実際の画像ではなく、病院内の様子を再現したデジタルツインも構築。バーチャル空間の中で、ロボットの搬送シミュレーションを繰り返すことでデータを収集し、機械学習に活用している。これまで350km以上の搬送実績を誇っている。
【ロボティクス】「RaaS」とは?DevOpsなソフトウエア開発体制
未来創生センター 主任 土永 将慶氏
トヨタ記念病院での実証実験では、ロボットの開発だけでなく、周辺のシステムを開発する必要もあった。ロボットを社会実装していくにはインフラ整備が必要だと考え、MaaSなどの言葉を参考に「RaaS(Robot as a Service)」という言葉を標榜し、並行して研究開発を行っている。
例えば、自動ドアやエレベーターとの連携だ。病院のエレベーターは30年前のモデルであったため、ロボットと連携できるようIoT化を図った。以下の図は、病院のRaaSをイラストにしたものだ。
下部がロボットやエレベーターなどのデバイス。その上の「運行管理サーバ」で、10台以上あるロボットの運行スケジュールを管理する。さらにその上の「遠隔監視サーバ」では、ロボットも含めた各デバイスが、現在どのような状況なのか。ブラウザベースの見やすいUIで監視できるようにブラッシュアップしている。
ソフトウエアの開発体制についても紹介が行われた。今まさに環境を構築している最中で、実証結果を素早く開発に反映できる、DevOpsな環境を整えつつあるという。ソフトウエアの変更を自動でコンパイル、デプロイし、本番環境にリリースCI/CDも採用している。
【数理データサイエンス】20以上の大学との連携で研究開発
未来創生センター 主任 勝原 康雄氏
トヨタの未来創生センターにおける数理データサイエンス特長は、大きく2つある。「ひと中心の研究を行っている」「多くの研究機関と共創している」点である。論文の投稿に注力していて、若いメンバーも人工知能や機械学習の主要な国際会議に積極的に参加している。
また20以上の国内外の大学と連携し、居住空間、街づくり、マーケティングなど、様々な領域において数理データサイエンスの研究開発を行っている。
続いては若手研究員2名が登壇し、数理データサイエンスに関する研究内容が発表された。
【数理データサイエンス】制御ソフトの自動検証技術「SBT」
未来創生センター 西谷 一平氏
トヨタでは車両だけではなく、さまざまなデバイスの制御システムを開発している。安心・安全な制御システムをスピーディに提供するためには、ソフトウエアの開発はもちろん、システムの要求を満たしているかどうか。ソフトウエアの品質を担保する「検証」を行うことが、重要だと考えている。
検証技術の研究開発に取り組むと共に、ソフトウエア開発の初期段階から、実験やシミュレーションといった検証を行うことで、品質の向上に努めている。そのひとつが、北米の大学と開発した「SBT(サーチベーステスト)」という自動検証技術だ。
SBTを使えば、システムの要求を違反するケースを、シミュレーションにより自動で探索できる。SBTは最適化技術を用いるため、挙動の怪しい部分を重点的に探索することが可能となり、違反ケースを効率よく検出することができる。
本来、最適化技術はベストを求める手法だが、最悪の条件を探すという逆転のアイデアを実装することで実現した検証技術。自動運転制御、エンジン制御の開発で活用されている。
【数理データサイエンス】不完全なデータを用いた機械学習手法の研究
未来創生センター 篠田 和彦氏
機械学習を行うには、質・量ともに十分なデータが必要となる。しかし、望ましいデータが得られないケースが少なくない。例えば、ロボットが人に及ぼす影響を機械学習によりシミュレーションしたいケースなどだ。
なぜならロボットが人に害を及ぼす動きや距離のデータが欲しいものの、そのような挙動を実際に行うのは危険予防の観点から、行うことが難しいからである。そこで、2013年より東京大学の杉山将教授と共同で、一部のデータからでも機械学習を可能する技術の研究開発の取り組みをスタート。IJCAI(国際人工知能会議)で発表するまでのテーマに成長している。
Positive-confidence(以下、Pconf)分類とは、負例データがなくても、的確な予測を実現しようという技術。なお、色の濃さはConfidence(信頼度)の割合を示していて、補助情報となる。
たとえば、自社のサービスを現ユーザーが継続使用してくれるかを予測したいとする。サービスを使っていないユーザー、つまり負例情報はないため、まさに同技術が活用できる事案と言える。
一方で、現実に得られている正例データも、信頼度は個々のユーザーにより過大・過小していることから、歪んでいる可能性がある。そこで、「正例の誤分類率φ」という事前知識を活用することで補正を行い、信頼度を補正しているという。
ドライバーの心電情報から眠気と覚醒どちらの状態かを、分類(推定)するという取り組みも紹介された。表はF値を比較したもので、左から補正なしPconf分類、補正ありPconf分類、そして通常の教師あり分類。実際の教師ありデータは運転シミュレーションマシンから得ている。
補正なしPconf分類では、信頼度の歪みが大きいために、すべてのケースで計算結果が出なかった。一方、補正ありPconf分類であれば、教師あり分類と同程度の成果が出ていることが分かる。なお、IJCAIで発表した前半の内容は、成果も含め論文に詳細が記載されている。
これまで紹介してきたとおり、トヨタの未来創生センターでは論文発表に積極的な人が多く、テーマや取り組みにおいても、自分の裁量で進めやすい環境だと語られ、セッションパーとは締めくくられた。
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
セッション後は、イベントを聴講した参加者からの質問に、登壇者が回答した。
──ROSとROS2どちらが開発のスタンダードか
土永:一部のロボットではROS2を使っていますが、現状ではROSがスタンダードです。
──リアルワールドとシミュレーションの差分
豊島:CG技術がかなり進歩していて、金属やロボットといった無機物体の再現性は高くなっています。一方、人などの有機物はまだ違和感があります。ただ、私たちのプロジェクトは画像認証の精度向上が目的なのでリアルワールドとシミュレーションの差分をゼロにすることに固執していません。
──ロボット開発は汎用的なのか、それともターゲットを絞っているのか
土永:研究開発の本質的な問いだと思いました。というのも、基礎的な研究は汎用性を意識していますが、実際に役立つかどうかの検証フェーズでは、病院のようにある程度ユースケースを絞ることが重要だからです。つまり答えとしては、両面あると言えるでしょう。
──狭路の場合は人でもぶつかりそうになる、ロボットはどのように対応しているのか
豊島:院内では右・左側通行が決まっていて、ロボットも人と同じく、遵守しています。それでも、人とロボットがぶつかりそうなるケースはあります。人に対してどこまでロボットが優しい動きをするかは、技術開発テーマの大きな一つです。
──病院で使われている画像認証技術は自社開発なのか
豊島:いくつか画像認識技術を用いています。自社開発のものもあれば、OSSをベースに自社でアレンジしたものもあり、適した方を使っています。
──HSRのシミュレータなどをOSSにする理由やメリット
岩永:まず、コロナ禍で出社できずに実機を使えない現状でも、技術研究を止めることなく加速できること。実機の有無に関わらず誰でも開発できることで、裾野が広がることもメリットです。そしてOSSにはコミュニティがありますから、そこからの恩恵も大きいです。会社としてコミュニティに還元、コミットしていく姿勢も大切にしています。
──OTAに近い技術も採用しているのか
豊島:今はまだありませんが、この先ロボットの稼働台数が増えたら、OTAでソフトウエアをアップデートする仕組みを導入していく予定です。
──産業用ロボット開発部門との連携はあるのか
土永:あります。ものづくりの現場の競争力を高めることに貢献できるよう、密に連携しています。
──負例なし二値分類はオートエンコーダとは違う考えか
篠田:負例なし二値分類は、問題設定としてあります。一方、オートエンコーダはそのような問題を説くための一種のモデルと言えます。Pconf分類や補正手法は、モデルよりも汎用的なフレームワークのようなイメージです。今回の提案手法とニューラルネットワークを組み合わせるようなことができます。
──SBTはハイパーパラメータ探索のベイズ最適化と近しいものか
西谷:大枠としては似たようなものです。SBTのスキームの一部で最適化技術を使用しています。SBTのスキームはシミュレーションを実行し、得られた結果を見ながら、条件を変え、シミュレーションを繰り返していきます。最悪条件を出すのには、ベイズ最適化を用いることもあります。問題によりさまざまな最適化手法を用いています。
──シミュレーションとリアルワールドの精度が保たれていないと、検証結果に影響するのでは。どのように担保しているのか
西谷:シミュレーションはリアルワールドを完全に再現できるわけではありません。検証はあくまでシミュレーションで再現できる、ロボットの挙動や環境条件で行っています。ただシミュレーションでロボットにとってよくない事象、要求違反が出るなどの反応は、より厳しいリアルワールドでは、さらに悪い結果が出るだろうと考えています。もちろん、シミュレーションで再現できない部分は、実機で検証する必要があります。
──豊田中央研究所との違いについて
足立:中央研究所では、クルマやモビリティ社会に向けた基礎研究を行っています。一方、私たちは未来の社会に向けた、システムやロボティクスなどを対象にしています。どちらもトヨタグループですから、密にコミュニケーションを取っていますし、共同研究などの連携も活発です。